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監督 マイケル・エングラー

製作のリズ・トルブリッジと会ったのは、「ダウントン・アビー」の第5シーズンの頃だった。イギリスとアメリカの番組作りの違いなどを話した。その頃、私はもう番組の大ファンだったが、リズは第三者の視点を欲しがっていて、イギリス文化の外からこの作品を見ることができて、意見が言える人を探していた。脚本のジュリアン・フェローズと製作のギャレス・ニームにも会い話が弾んだ。それで第5シーズンで1本、第6シーズンで数本、監督した。
俳優たちとスタッフは家族のようだ。レギュラー出演者、ゲスト出演者、スタッフの間にも上下関係はほとんど感じられなかった。
最初の時から5年がたって、今では馴染んできたね。そして、今回も同じ温かさで迎えてくれた。イギリスの作品をアメリカ人が監督するので、抵抗する人もいるかと思ったが、そんなことはなかった。

みんなにまた会えるのは楽しくて愉快だが、やることはプロの仕事だ。特別な作品の一部になっている感じを味わえた。めったにないことだよ。キャリアのどの段階にいても、この作品になら携わりたいと思うだろうね。また集まれて、この作品の一部になれるなんてうれしい。
映画は大きなスクリーンで上映するから、映像もスケールも大きくした。この作品の筋金入りのファンでなくても映画を楽しめるよ。ただ熱烈なファンだったら、登場人物のことやお互いの関係がよく分かって、より満足感が高まると思うよ。それぞれの人物にどんなストーリーがあっても、大きな出来事が起こることで、みんながひとつになるんだ。

イメルダ・スタウントン、ジェラルディン・ジェームズ、サイモン・ジョーンズ、スティーヴン・キャンベル・ムーア、タペンス・ミドルトン、ケイト・フィリップス。彼らはみんなイギリスの業界では力のある俳優ばかりだ。『ダウントン・アビー』の世界に自然になじんでいて素晴らしかった。オリジナルの登場人物との共演シーンには興奮していたね。
『ダウントン・アビー』について、ファンたちが大好きなのは、ロマンス、サスペンス、コメディの要素だ。また、登場人物が持っているユーモアだとか、美しさ、衣装、それに壮大な景観も。テレビの時よりもスケールが大きくなっている。さらに、心のつながり、笑い、上階の家族と階下の使用人の関係。すべてジュリアン・フェローズによって巧みに織り込まれている。
この作品に描かれている昔の価値観というものは普遍的で、それが成功につながってるんだと思う。見る人はノスタルジックな感傷に浸ったり、昔も今も変わらないと思ったりするんじゃないだろうか。王立美術館やナショナル・ポートレート・ギャラリーへ行くのと同じかもしれないね。イギリスの歴史は文学、ビジュアル、文化とも密接に関わっているから人々の感性に響くんだ。
今でも色あせていないしね。

時代考証 アラステア・ブルース

時代考証としては、自分の意見に注意が払われるのかが心配になる。だがテレビシリーズの時の監督ブライアン・パーシヴァルとプロデューサーのリズ・トルブリッジは、その点大丈夫だと分かった。撮影が進むと、俳優たちも徐々に私の助言が役立つと思ってくれたようだった。ストーリーを語るのを手助けする役目だから、製作スタッフが盛り上がっているところに、指摘するのは難しい。そもそも当時の社会を完全に再現するのは困難だ。
当時の裁判制度などを知るのは楽しいけどね。本作ではそういった知識を織り込んだよ。そういうことを学びながら異なる時代を楽しんでくれたらと思う。

難しかったのは、昔の人と現代の人では姿勢が違うということだ。現代人は猫背気味で姿勢が悪い。人間の姿勢自体が変わってしまったんだ。昔の人の写真を見れば、胸を張っているのが分かるだろう。映画の中では、みんな姿勢がよくなっている。当時の服装が姿勢をよくさせるんだろうね。体の前で手を組むのは、猫背気味でないとできない姿勢だ。胸を張った姿勢なら体の前で手は組めない。それと当時の人はあまり他人に触れなかった。それは免疫がないからなんだ。それを考えると、今の時代は接触が多いね。こういうことを考えると異なる時代にいるなと実感する。
テレビシリーズを通して、俳優たちに当時の話をするとそれを演技に生かしてくれた。私はウィンザー城での社交界デビューを調べたんだ。第一次世界大戦後、初めて行われたもので、すべての記録が残っていて録音もあった。どんな音楽が流れて、どんな食事が出たのか、私が調べた通りに再現してくれていた。あれはうれしかったね。私はチェンバレン卿という役をもらって、名前も呼ばれたんだ。楽しかったよ。
グランサム伯爵が地位の頂点で、最も低いのは屋敷のキッチンメイドだ。それがカントリーサイドにおける社会の仕組みだった。伯爵の領地で働く者は伯爵に忠誠を示した。なぜなら、伯爵は自分の領地で暮らす者たちに責任を負っているからだ。働く者たちに金を払い、住む家の管理をする。雨漏りがすれば直さなければならない。非常に効率的な社会構造だが、このような責任を負ってるからこそ特権を持ち、恩恵を受け、社会構造の底辺を守っている。互いに忠誠を示さなければ、相手からも得られないんだ。

衣装デザイン アンナ・メアリー・スコット・ロビンズ

私は第5シーズンの時に参加したけれど、まずは作品の情報に追いつくので必死だった。すごい量の調べ物をしたわ。デザインをするには、その時代のエキスパートにならなければダメなの。ナショナル・ポートレート・ギャラリーやビクトリア・アンド・アルバート博物館へ行って、1920年代の生地について調べまくったわ。ヴィンテージ・フェアで買うようにもなって、カットや構造を調べた。作業場に入って、形に合わせてカットしてみる。そこからフィッティングの工程になるの。脚本には噛みくだいた描写がされているから、どこにどんな衣装が欲しいかが分かる。本作に関してはクローリー家の人たちは頻繁に着替えるので、衣装は数も種類もたくさん必要になるわ。私の仕事は、そのシーンの中でどの衣装も効果的であるか、その人物に合った衣装になっているかを確認することよ。
映画の衣装は明確にストーリーを語らねばいけない。でも映画ならテレビより時間があるから色にも気をつけたいわ。セットの色や景観の色と合うかをね。デザインを1から考えるけど、生地の染色も自分でやるの。その方が色合いをコントロールしやすいからよ。私はヴィンテージをよく使うのだけど、そこに手を加えることで新しいものになる。生地、細部、技術などが1つにまとまるとスクリーンにも負けないものができる。映画ではテレビより質の高い物を買うから、慎重にならないとね。衣装にインパクトは必要だけど、シーンを損ねるようなものはダメ。

好きなポートベロー・マーケットに行った時のことよ。入荷したばかりのヴィンテージの生地があったけど、買い手が決まっていて手に取ることもできなかった。生地の説明を聞いたら泣きそうになったわ。だって本当に素敵な生地なんだもの。そうしたら、お店の人が買い手に話してくれて、その生地を譲ってもらえた。まだパラフィン紙に包まれていて、ラベルも付いていた。包みを開けてみると、刺繍が施されたシルクだった。それはヘアウッド・ハウスでの舞踏会で、バイオレットの衣装にしたわ。
私が好きなのはメアリーが舞踏会で着るドレスね。最初は膝丈のドレスで、首のラインが変わったドレスだったの。でも彼女にはもっと大胆で、単色のドレスが似合うと思った。装飾が素晴らしく、フランス製の生地でモスリンにビーズが付いていてとても印象的だわ。その裾にスリットを入れて、黒い飾りを足した。それを背中に垂らすの。そのドレスを着たミシェルは本当に美しくて、踊っている彼女は最高だったわ。100年前の衣装がよみがえったみたいだった。

メイクアップ&ヘアデザイン アン・ノシュ・オールダム

主要な人物だけでも18名いて、それぞれの人物像を見極めなければならなかった。本作では、何名かの人物は実在した人よ。それでもまずは個人を際立たせたかった。イメルダ・スタウントンが演じるバッグショーは、ある程度の地位があって、素晴らしい経歴がある。それを彼女に反映させたかった。コーラ、バイオレット、王妃が一緒にいる時は、ちゃんと誰なのか識別できるようにしなければいけなかったわ。第6シーズンの終わりにメアリーが髪形をボブにした。彼女はとてもおしゃれだから、印象をもっとシャープにした。イーディスの髪も短くなっている。アンナもメアリーを真似て短い髪になっているわ。王妃のヘアは大変だった。でもどんな髪形でも自然に見せたい。観客の目がウイッグや付けヒゲに行ってしまったら最悪よ。
気をつけたのは、1920年代の進歩的な女性を知るということ。流行に敏感な女性たちだけど、みんな既婚者よ。だから、あくまでもその時代にいた女性に見えるように気をつけたわ。やり過ぎたかなと思ったら、一歩下がるの。

音楽 ジョン・ラ

テーマ曲はテレビシリーズの時からのものだ。オープニング曲が流れると、今 自分がどこにいるのか分かる。本作では汽車の映像から始まる。ピアノの演奏だけだ。そしてカットが変わると、イギリスの田園を走る汽車。ベイツがぼんやりと窓から外を眺めている。ピアノの高い音だけというのは、他と差別化ができていいと思った。
登場人物個人のテーマ曲というのはないんだ。それよりも人物同士の関係だね。例えば、ブランソンとシビルの曲を作ったりした。映画版でも出てくるよ。まだシビルがいるみたいだ。メアリーとマシューの曲もある。マシューが死んで使えなくなったけど、時折 出てきそうになる。その曲はまだメアリーとつながっているからね。でもそれは、メアリーの新しい恋人との曲になったりした。登場人物とその関係に音楽もつながっているんだ。
映画が始まって最初の5分は音楽だけだ。ダウントン・アビーが見えるところでテーマ曲をフェイドアウトさせたかった。邸宅が見えるまで聴かせる総括みたいな音楽だね。