西郷どん 見逃し無料動画配信をフル視聴/ドラマ1話~最終回

西郷どん 国内ドラマ

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『西郷どん』は20181月~12月放送のNHK大河ドラマです。

原作・林真理子の歴史小説『西郷どん!』、脚本・中園ミホの女性2人が「女の視点」で描く明治維新の立役者:西郷隆盛の大河ドラマです。

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西郷どん(ドラマ)の作品情報やあらすじ・ネタバレ・キャスト・主題歌

ドラマ『西郷どん』のあらすじ
第1回「薩摩のやっせんぼ」(15.4%)

東京上野に西郷さんの銅像がお披露目された。

それを三男:従道と妻:糸が見守る。しかし銅像を見た糸は、「うちの旦那はこんな人じゃない!」と叫ぶ。

天保11年の薩摩藩。

西郷小吉は下級藩士の西郷家の長男として生まれる。

ある日、小吉と大久保正助はお菓子を探して回っているところを、大人に見つかり森の中に逃げ込む。そこで、小吉らは「天狗」に出会う。

小吉らは天狗を恐れ逃げたが、仲間の中で一番小さい村田新八が天狗に捕まってしまった。

「一番小さい仲間を見捨てた」と天狗に「やっせんぼ」呼ばわりされる小吉。

ある日、郷中の年中行事「妙円寺詣り」が行われた。

小吉らは一番にゴールしご褒美をもらう。

しかし小吉は、負けたことを逆恨みしたほかの町の子供らに、右腕を切られてしまう。

絶望する小吉を、天狗:島津斉彬が励ました。

第2回「立派なお侍」(15.4%)

18歳になった小吉は名を「吉之助」と改め、農政を司る「郡方書役助」という職に就いていた。

吉之助は、年貢に苦しむ農民:ふきを、借金をしてまで助ける。

ある日、ふきが売られそうになるところを目撃した吉之助は、薩摩藩家老:調所広郷に直訴。

吉之助の熱意が伝わり、調所は取れ高によって年貢を決める「険見取」を許可する。

しかし、ふきの父:平六には、隠し田があることが発覚し、吉之助は苦戦。

吉之助は、斉彬であれば農民を救ってくれるのではと考え、重臣:赤山靱負に斉彬に会えるよう懇願。

そんな時、ふきが借金取りに連れていかれそうになる。

吉之助は土下座するが止めることができなかった。

第3回「子どもは国の宝」(14.2%)

吉之助は、赤山を通じて斉彬に何度も手紙を送る。

ある日、狩りから戻ると三男:信吾が寝込んでいた。

医者に見せたいがお金のない西郷家だったが、赤山の紹介で商人から金を借りることができた。

借りた金で米を買い、世話になっている下人:熊吉の祖母:イシのもとへ米を届けた。

その帰り、芋泥棒:中村半次郎一家の夜逃げを目撃する。

夜逃げは脱藩とされ、脱藩したら武士になれない。

武士になりたい半次郎を放っておけない吉之助は、赤山に半次郎の畑を返してほしいとお願いする。

同じ頃、調所が自害すると「調所を殺害したのは斉彬だ」と斉輿は激怒し、斉彬派のものを次から次へと処罰した。

そして、赤山にも切腹のご沙汰が下る。

第4回「新しき藩主」(14.8%)

赤山の切腹を阻止しようと、吉之助らは城へ行き頭を下げるが取り合ってもらえない。

そんな時、赤山の弟:島津歳貞から吉兵衛のもとに手紙が届いた。

吉兵衛に介錯を依頼する手紙だった。

しかし、赤山は昔話に花を咲かせた翌日に切腹する。

吉之助は、赤山の血が付いた服を斉彬に送ると、斉彬は動いた。

斉彬は斉興に、銃弾で藩主を決めようと提案し、引き金を引くことができなかった斉興は隠居することに。こうして斉彬は藩主になったのだ。

第5回「相撲じゃ!相撲じゃ!」(15.5%)

藩主になった斉彬だが、斉興派のものたちを処罰はしなかった。

それに憤る吉之助らは、御前相撲で勝って意見を言おうと意気込む。

その頃、岩山糸に縁談の話が舞い込んだ。

海老原家の長男との縁談に乗り気でない糸が草履占いをしていると、その草履が吉之助にぶつかってしまう。

一方、縁談相手の海老原は御前相撲に出て、自分が旦那にふさわしいのか確かめることに。

御前相撲の日。

決勝戦は海老原と吉之助の勝負となった。

海老原は左足をケガしていたが、吉之助は正々堂々と勝負し勝利する。

すると、斉彬が「次はわしが相手だ」と名乗り出てきた。

吉之助は斉彬を投げ飛ばしてしまい、牢屋に入れられてしまう。

そこには、謎の漂流者がいた。

第6回「謎の漂流者」(15.1%)

吉之助は斉彬を投げ飛ばした罰として、牢屋に入れられたのではなかった。

アメリカの船で密航した謎の漂流者:ジョン万次郎の、口を割らせるよう指示されていたのだ。

吉之助や、吉之助の母:満佐の優しさによって、少しずつ心を開いたジョン万次郎は、土佐にいる母親に会いに来たと話す。

吉之助はジョン万次郎の口を割らせた褒美に、謹慎処分が下っていた大久保正助とその父:次右衛門の解放を求めた。

一方、吉之助に想いをよせていた糸は正助に後押しされ告白するが、鈍感な吉之助は気づかない。糸は海老原家に嫁いでいくのだった。

第7回「背中の母」(14.3%)

吉之助の祖父:龍右衛門が病気のため亡くなった。

嫁を見たかったと話していた祖父と孫が見たいという満佐のため、父:吉兵衛は吉之助の嫁探しを始めた。

そんなある日、満佐が病気で寝込んでしまう。

吉之助は満佐を安心させるため、伊集院家の須賀を嫁にもらった。

ところが、今度は吉兵衛が亡くなってしまう。

その頃、斉彬はアメリカ軍が日本に来ると知り、一緒に江戸に行くものを探していた。

吉之助は斉彬を一緒に江戸に行きたかったが、満佐が心配なので辞退する。

しかし、吉之助は満佐をおぶって桜島を見に行くが、満佐はそこで息を引き取った。

第8回「不吉な嫁」(14.2%)

立て続けに父と母、祖母を亡くし、近所の人は須賀のことを「不吉な嫁」と噂していた。

そんな須賀を吉之助は優しく励ます。

その頃、正助の謹慎はようやく解けるのだった。

そして1か月が経った頃、ペリーの黒船が浦賀に来て幕府に開国を迫っていた。

斉彬は冷静にこれを好機にしようと考え、篤姫を連れ吉之助と江戸に向かうことに。

吉之助の江戸へ行く支度金を作るべく、家族総出で奮闘する西郷家。

須賀はそんな吉之助に愛想を尽かし、西郷家に手切れ金を渡す。

須賀は吉之助の事を思い、手切れ金という形で江戸へ渡るお金を用意したのだった。

第9回「江戸のヒー様」(14.8%)

薩摩を藩れて45日。一行は江戸に到着する。

薩摩藩邸で吉之助は「中御小姓定御供江戸詰」という職に就く。

そこで、幼馴染の大山綱良、有村俊斎に再会。

大山と有村に連れ出され吉之助は「磯田屋」という旅籠に行くと、そこにはふきがいた。

吉之助らは、ふきと一緒に「ヒー様」と呼ばれる客のもとへ。そこでは美しい男が似顔絵を描いていた。

次の日、吉之助は斉彬に水戸藩邸に書状を届けるよう命じられる。

斉彬は用心のため剣を渡すが、吉之助は刀が使えないことを明かす。

そこで斉彬は初めて、あの時あった子供が吉之助だと知る。

吉之助は水戸藩邸へ。

すると、徳川斉昭が現れ書状を破り捨てる。

そこへ若い侍が入ってきた。それはあの時の「ヒー様」だった。

ヒー様は、徳川家最後の将軍となる一橋慶喜だったのだ。

第10回「篤姫はどこへ」(14.4%)

吉之助は斉彬に、ヒー様について調べるよう命じられ磯田屋へ。

そこで蘭方医:橋本左内に出会う。橋本は松平慶永の密偵だった。

吉之助は橋本から、ヒー様こと慶喜を将軍にする計画があることを聞く。

一方、篤姫を将軍家に輿入れするための準備がはじまった。

教育係には幾島が付き、まずは薩摩言葉を直す。

第11回「斉彬暗殺」(14.6%)

篤姫を慶喜に嫁がせ将軍にしようと考える斉彬と、徳川慶福を将軍にと考えていた井伊直弼が対立していた。

そんな時、吉之助と相撲をとっていた斉彬の嫡男:虎寿丸が突然倒れ、数日で亡くなってしまう。

「由羅(斉興の側室)の呪いだ」と話していた斉彬だが、斉彬までもが病で倒れてしまった。

毒ではないかと疑った吉之助が橋本に依頼すると、ヒ素が盛られていることがわかる。

吉之助は、斉興と由羅の仕業だと思い問い詰めるが、二人は否定する。

それを知った斉彬は激怒し、吉之助を蹴り飛ばした。

第12回「運の強き姫君」(14.1%)

毒によって身体が弱っていた斉彬だが、なんとか一命を取りとめる。

一方で、2年経っても輿入れが決まらない篤姫を幾島は心配し、家定の母:本寿院と接触。家定との婚儀が決まった。

しかし、家定は体が弱く子を持つことが難しいと聞くと、斉彬は篤姫に、慶喜が次の将軍になるよう家定の心を動かすよう命じたのだった。

そんな時、大きな地震が発生。

篤姫を守る吉之助に、篤姫は「遠くまで一緒に逃げてくれ」と弱音を吐く。

しかし、涙をぬぐい徳川家に入る覚悟を決めるのだった。

第13回「変わらない友」(13.0%)

安政の大地震のため、篤姫の輿入れは来年に持ち越された。

地震でダメになってしまった婚礼道具を1年以内に揃えるよう命じられた吉之助は、必死になって働いた。

そして、安政3年。篤姫は晴れて輿入れの日を迎える。

その夜、吉之助は斉彬に初めてお褒めの言葉をもらい、つがれた酒を一気に飲み干した。

安政4年。国入りする斉彬に吉之助と大山が同行する。

3年4か月ぶりに薩摩へ帰ってきた吉之助のもとには、懐かしい仲間が集まり、正助の結婚の祝酒が酌み交わされた。

そんな時、阿部正弘の訃報が届く。

落ち込む斉彬を吉之助は励まし、正助を江戸に連れていくことを提案。

熊本までの同行の許しが出ると、吉之助は喜んで正助のもとへ。

しかし、正助は「見下すな」と激怒。喧嘩別れしてしまう。

吉之助が江戸に旅立つ日。

正助の妻:満寿が旅支度を手渡し、正助の背中を押す。正助は吉之助の後を追いかけた。

第14回「慶喜の本気」(11.9%)

安政4年10月。アメリカ総領事:タウンゼント・ハリスが、大統領書簡をもって家定のもとへやってくる。

家定は篤姫と何度も練習したおかげで、無事に役目を果たした。

一方、江戸に戻った斉彬は吉之助に、橋本と力を合わせて慶喜を将軍にすべく、諸藩の大名を説き伏せるよう命じる。

しかし、その前にやる気のない慶喜を説得しなければならない。

その頃、大奥では篤姫が意を決して次期将軍を慶喜に…と懇願する。

家定はその願いを受け入れた。

そんな時、井伊の刺客が慶喜を襲った。怒った慶喜はついに将軍になると決意する。

第15回「殿の死」(13.4%)

安政5年4月。家定は持病が悪化し寝込んでしまう。

その時、井伊が急遽大老の職に就き、次期将軍を慶福にすると言い出した。

篤姫は怒り井伊に立ち向かうが、家定の遺言書まで偽装されていて太刀打ちできない。

吉之助は急いで京に戻り斉彬に報告する。

すると、斉彬は幼い吉之助と出会った桜島の見える丘へ。

そこで成し遂げられなかった夢を語り、吉之助の庭方の役目を解くのだった。

ボロボロの姿で家に帰った吉之助だが、正助が励まされ慶喜を将軍にする案を考える。

次の日の朝、吉之助は斉彬のもとへ行き、兵を出してほしいと依頼する。

吉之助は朝廷から幕府に働きかけてもらおうと考えたのだ。

しかし、斉彬はその案に乗り京へ戻る途中、突然この世を去ってしまう。

一方、江戸では家定が亡くなる。

第16回「斉彬の遺言」(11.1%)

斉彬より先に京に入り準備をしていた吉之助は、橋本らと前祝をしていた。

そこへ月照がやってきて、斉彬の死を知らされる。

しかし、吉之助は「そんなことどうでもいい、家定が死んだ今が好機」と水戸に兵を出してもらおうと考え、江戸の前水戸藩主:徳川斉昭のもとへ向かうが、門前払いされてしまう。

そこで、慶喜に助けを乞うが、江戸で幕府に歯向かったものへの取り締まり「安政の大獄」が始まり慶喜にも謹慎処分が下るのだった。

そしてそれは、月照のもとにも迫っていた。

吉之助は月照を連れ薩摩へ戻ることに。橋本は江戸に残り皆を見送った。

第17回「西郷入水」(12.0%)

一行は無事に吉之助の実家に到着。

その頃、篤姫は家定を亡くし落飾。名を「天璋院」と改め、慶福こと家茂に仕えることに。

気落ちする篤姫を心配した幾島は実家に戻ることを提案するが、徳川家で生きることを決めた篤姫はこれを断る。

一方、斉彬の弟:島津久光は斉彬の最期の願いを聞き入れ、自分の子:茂久を藩主にし、久光自身はサポート役にまわると斉興に話した。

しかし、江戸から戻った斉興は一転し、幕府に歯向かうなど言語道断と吉之助と月照に処刑を言い渡す。

正助は二人を助けようと尽力するが叶わず、残された方法は月照の暗殺のみだった。

しかし、吉之助は月照とともに海に落ち自害する。

第18回「流人 菊池源吾」(14.4%)

吉之助は現在の奄美大島に流れ着き一命を取りとめたが、月照は助からなかった。

しかし、表向きは薩摩藩によって溺死したとされ、「菊池源吾」という仮の名で幽閉されていた。

安政6年1月。生きる屍状態の吉之助は周りから恐れられていた。

食べ物も受け付けない吉之助を心配した龍佐民は、弟の子:とぅまを吉之助のものへ向かわせるがうまくいかない。

ある日、正助からの文が届き、橋本ら仲間が亡くなったことを知った吉之助は、豪雨のなかを飛び出していく。

翌朝、道端で倒れているところを発見される吉之助。

島民の看病により回復した吉之助は、皆に礼を言いとぅまに島について教えてほしいと頼む。

第19回「愛加那」(13.7%)

島に流れ着いて数か月が経つと吉之助はだいぶ島になじみ、サトウキビの収穫を手伝い、子供たちに読み書きを教えていた。

そんな時、島代官が砂糖を隠し持っていると因縁をつけ、見せしめに島民を連行する。

佐民も因縁をつけられ捕らわれてしまう。

怒ったとぅまは、島民を引き連れ代官破りを決行。

とぅまを止めに行った吉之助だったが、牢屋の鍵を叩き壊し佐民を救出するのだった。

ある日、とぅまは吉之助に島妻にしてほしいとお願いする。

吉之助は、生きる希望をくれたとぅまを島妻ではなく妻として迎えた。

とぅまは名を「愛加那」と改名し、吉之助は「菊池源吾」として生きていくことを誓う。

第20回「正助の黒い石」(12.2%)

一方、吉之助がいなくなった薩摩では、大山や村田らが吉之助を連れ戻す策を考えていた。

そんな中、正助は、たびたび斉興のもとへ通っていた。

そんな正助を、有村俊斎と有馬新七はよく思っていなかった。

斉興が病で亡くなった安政6年9月。久光は斉興の後を継ぎ、国父と呼ばれるようになる。

そんな中、有村が水戸藩の浪士とともに井伊を襲う計画を進めていた。

吉祥院では、有村と有馬の集めたものたちが激しい稽古をしている。

そこへ正助が久光を連れて現れ、彼らを抑えるのだった。

「やっと吉之助を呼び戻す嘆願書を殿にお届けできる」

正助がしていたことは、全て吉之助を呼び戻すためだったのだ。

ある日、吉之助のもとに正助の文が届く。

そこには、井伊直弼の暗殺と関わった者の死、精忠組の志士の怒りが書かれていた。

第21回「別れの唄」(12.0%)

吉之助と愛加那に菊次郎という男の子が生まれる。

その頃、正助は出世し「大久保一蔵」と改名する。

そんなある日、やっと吉之助の召喚の命が下り、正助が奄美大島に迎えにくる。

しかし、薩摩に帰らないと吉之助は言い、正助は「待ってるぞ」と薩摩に帰っていった。

その夜、愛加那は正助から託された斉彬の刀を吉之助に手渡す。

覚悟を決めた愛加那は、吉之助に薩摩に帰るように言う。

吉之助は、必ず戻ってくると言い薩摩に帰っていった。

第22回「偉大な兄 地ごろな弟」(13.4%)

薩摩に帰った吉之助は、一蔵と久光のもとを訪ねる。

そこで吉之助は「斉彬の遺志を受け継ぐのは無理だ」と久光を一刀両断し、世を変えると言うなら世の中を知ることが先だと言い放つ。

ある日、久光は幕府に改革を迫る目的で出兵を命じる。

そして、公武合体を実現されるため、討幕を企んでいる過激派の志士との他藩の関わりを禁じた。

出兵を止められない吉之助は、討幕を企んでいる者を抑え込むため、有馬のいる京に急ぐ。

有馬は京都所司代を襲う計画を立てていたが、吉之助が有馬に「今ではない」と諭し、有馬はこれを聞き入れた。

第23回「寺田屋騒動」(13.4%)

吉之助に会いたいと各藩の面々が集まってきた。

そこで吉之助は「日本を変える!」と宣言し、宴会が始まろうとしたとき一蔵が現れる。

命令違反をした吉之助に切腹の命が下った。

吉之助はひるむことなく、「国父様が変わらないと日本を変えられない」久光に訴える。

激怒した久光だが、側近の小松帯刀が「西郷を使いこなせるかどうかで、主君の器量がわかる」と斉彬の言葉を伝え、「国父様なら必ず使いこなせる」と説得。

こうして吉之助は切腹を免れ、島送りの刑となる。

文久2年4月23日。寺田屋騒動が起こる。

有馬らが寺田屋で決起しようとしていることを知った久光が、使者を使わし斬り合いになったのだ。

漁師小屋で監禁されていた吉之助は、その知らせを悲しんだ。

第24回「地の果てにて」(12.2%)

吉之助は徳之島へ島流しになる。

そこへ、女の子を抱いた愛加那と菊次郎がやってきた。

その頃の江戸は、井伊が死んだことで力が弱くなっていた。

そこで慶喜が丈軍の後見職に任命される。

一方、朝廷から認められた久光だが慶喜に散々こき下ろされ、「腹を割って話がしたければ西郷を連れてこい」と言われてしまう。

吉之助を妬んだ久光は、吉之助を沖永良部島へ流しさらに雨ざらしの牢屋へ入れた。

沖永良部島では、以前薩摩で学んだという土持政照がいた。

土持は吉之助を慕っており、島のものは食べ物を持ってきてくれた。

ある日、土持が吉之助に文を持ってきた。

文には、一蔵の裏切りと吉之助に帰ってきてほしいということが書かれていた。

それから吉之助は食べ物を拒み禅を組むようになる。

日に日に衰弱する吉之助は、ついに気を失ってしまう。

第25回「生かされた命」(12.7%)

土持は吉之助を死なせまいと牢屋から出す。

そして、もう一度藩命を読み返すと、そこには牢屋に入れろとは書かれていなかったので、土持家の庭に座敷牢を作り吉之助を入れた。

文久3年。「生麦事件」が起こる。

久光の行列をイギリス人が横切ろうとしたことに腹を立てた奈良原喜左衛門は、イギリス人を斬ってしまう。

これに憤慨したイギリスから、30万両という莫大な賠償金を要求されてしまった。

一蔵は、イギリスの言いなりになってはならないと久光に助言。イギリスと戦うことになる。

それを知った吉之助は犠牲者を出したくない思いで座敷牢を抜け出し、流人:川口雪篷とともに高台を作って見張りを置いた。

薩摩は、世界最強と言われたイギリス艦隊を追い払うことに成功する。

そして元治元年。一蔵らの尽力により吉之助は釈放される。

第26回「西郷、京へ」(12.2%)

吉之助は薩摩に帰ると身なりを整え、藩主:茂久のもとへ。

茂久は久光の命令に背き、吉之助に京へ行くことを命じる。

京へ行くと、一蔵に助けてくれと涙ながらに懇願された。

斉彬の念願が叶い、朝廷と幕府は力を合わせて新しい政治を行うことになっていた。

しかし、会議で久光と慶喜が対立し、周りのものは頭を抱えていたのだ。

吉之助は慶喜に会いに行くと、ふきが慶喜の側女となっていた。

ふきから慶喜の居所を聞き茶屋:繁へ行くと、そこには「ヒー様」が待っていた。

吉之助の説得によって、慶喜は久光に会うと約束する。

しかし、久光は会うことを拒否し、一蔵とともに薩摩に帰ってしまった。

慶喜は激怒するかと思われたが、逆に久光に謝りたいと言った。

第27回「禁門の変」(12.0%)

慶喜は孝明天皇から「禁裏御守衛総督」という役を命じられた。

その頃、吉之助の宿には長州藩士:桂小五郎が現れ、吉之助に長州を助けてほしいと依頼する。

そこで、吉之助は桂を慶喜に会わせた。

桂が懇願すると慶喜はあっさりとそれを受け入れ、二人に「裏切るなよ」と冷ややかに笑った。

京を追放された長州藩の久坂らは、小道具屋:枡屋に潜み失地回復を目論んでいた。

それを必死に止める桂。

しかし、長州藩は新選組の池田屋襲撃に激怒し京へ出撃してしまう。

吉之助は、戦をしないよう懇願しようと慶喜のもとへ向かうが、長州藩が動き出してしまい、しかたなく薩摩から援軍を出し「禁門の変」が始まる。

第28回「勝と龍馬」(11.1%)

吉之助はこの戦の責任は自分にあると責めた。

長州は御所に向け砲撃したことにより朝敵となり、孝明天皇は長州征伐を命じた。

吉之助は、長州を叩き潰してやるといきまく慶喜に、長州征伐の役目を懇願すると、幕臣:勝海舟に海軍を出動させるよう説得を命じられる。

吉之助は勝に会いに旅籠を訪れ、そこで、土佐の脱藩浪士:坂本龍馬と出会う。

慶喜の使いで来たというと勝は書物を燃やし、「誰を信じて何をするかはお前次第だ」と話した。

その後、吉之助は慶喜から長州征伐の役目をもらった。

総大将を務めた尾張藩主:徳川慶勝は、乗り気でなくうろたえるばかりだった。

そこで吉之助は混乱する長州藩に、幕府への謝罪と禁門の変に関わった者の処罰を提案する。

小松帯刀は、薩摩藩邸で手当てをした負傷兵や家老を連れてきた。

吉之助の思いを理解した長州藩はこれを受け入れ、戦をせずに済ますことができた。

しかし、これに激怒した慶喜は吉之助に切腹を命じる。

ところが、吉之助は短刀を慶喜に向け振り下ろした。短刀は慶喜の足の間に突き刺さる。

腰を抜かした慶喜に、吉之助は「御免つかまつります」と一礼し立ち去る。

第29回「三度目の結婚」(11.6%)

薩摩に帰った吉之助は一蔵と今後について話す。しかし、二人の意見は対立する。

その夜、吉之助に嫁を取るという話になると、次の日には嫁志望の女が殺到した。

その中には雪篷もいて、女より役立つと集まった女たちを追い払うのだった。

翌日、城に呼び出された吉之助は、参勤交代が復活したと聞く。

吉之助のせいで幕府が思い上がっていると言いがかりをつける久光に、吉之助を涙を流し頭を下げた。

吉之助は久光の機嫌を取っていたのだ。

吉之助が京へ行くことが決まったある日。

満寿や一蔵は、吉之助と糸を引き合わせる。

しかし、離縁している糸は、吉之助にふさわしくないと家を飛び出してしまう。

吉之助は糸に求婚し、京へ旅立った。

第30回「怪人 岩倉具視」(10.3%)

吉之助は近衛家へ行き、参勤交代制の取りやめを頼みにきた。

そこへ、以前は孝明天皇の側近だったが、すっかり落ちぶれてしまった岩倉具視からの文が届く。

それを読んだ吉之助は、一蔵に岩倉との面会を依頼した。

一蔵とともに岩倉家へやってきた吉之助は、岩倉に力添えを依頼し金を差し出す。

その夜、岩倉が開く賭博をした吉之助だが、大負けしてしまい岩倉家で働くことに。

部屋の掃除をしていると、たくさんの書物が出てきた。

その内容に感銘をうけた吉之助は、後日、薩摩の若い藩士を連れ岩倉を訪ねる。

そこへ岩倉の息子がやってきて、帝からの言葉を岩倉に伝えると、岩倉は「このままでは終わらへん」と決意を新たにするのだった。

第31回「龍馬との約束」(11.0%)

慶応元年5月。吉之助は龍馬を連れて薩摩に帰ってきた。

翌日、吉之助は久光に龍馬を紹介。

薩摩と長州が手を組めるようにすると言い、龍馬は長州へ向かった。

龍馬の長州での知り合いは桂だった。

龍馬は桂に、薩摩の船で異国の武器を買わないかと提案し、桂はしぶしぶ吉之助に会うことに応じる。

その時、吉之助は列座が命じられ京へ行くことになり、桂への文を海江田に託し京へ向かった。

一方、一蔵は長州征伐を食い止めるため岩倉のもとへ。

岩倉の書いた書状で公家らに働きかけたおかげで、孝明天皇は長州征伐を許可しなかった。

これをよく思わない慶喜は、わざと吉之助を京に呼んだのだった。

長州を嫌っていた海江田は、吉之助の文を桂に届けなかった。

吉之助を待っていた龍馬は怒る。

第32回「薩長同盟」(10.4%)

幕府は開国の要求を7年間も先延ばしにしていた。

業を煮やした異国の連合艦隊は、兵庫港で開港を迫る。

慶喜はこれを利用し、長州征伐の勅命を出させようとする。

ある日、一蔵は書きためていた書状を吉之助に見せた。

「天子様がお許しになったことでも、天下万民を納得させられないものであれば従わなくてよい」

この書状を広めれば朝廷と幕府から追われることになる。

吉之助は止めるが、譲らない一蔵を見て腹を決め、書状の写しを諸藩藩士や公家に広めた。これが功を奏し、諸藩は長州征伐に慎重になったのだった。

慶応2年1月。桂が伊藤博文・龍馬とともに条文を持って京の鍵屋に来る。

内容は薩摩が長州に許しを請う内容だった。

翌日、小松の家で皆が話し合っていると、長州と手を組むことを反対する薩摩の若い藩士らが押し寄せてきた。吉之助は頭を下げ彼らを抑えこむ。

その姿をみた桂は、吉之助に手を差し出し握手を交わした。

こうして「薩長同盟」が結ばれたのであった。

第33回「糸の誓い」(13.2%)

薩長同盟後、龍馬は夜襲に会う。

傷を負った龍馬と新妻:お龍を、吉之助は京の自宅へ連れて帰った。

龍馬たちの話を聞いた糸は、危険な時でもそばにいられるお龍を羨ましいと話す。

その時、小松から幕府軍が長州に出兵したと聞き、龍馬は下関の偵察に向かった。

龍馬はお龍を置いていくつもりでこっそりと家を出るが、気づいたお龍は寝間着姿で追いかける。その姿を見た糸は、お龍に羽織を着せ背中を押す。

慶応2年6月。幕府軍が長州に攻撃を開始した。

その頃、吉之助と龍馬は、イギリスを味方につけるためイギリス公使:パークスをもてなす。しかし、パークスは君主が二人いることに混乱する。

そこで吉之助は「薩摩がこの国をまとめてみせる」と話し、パークスの信頼を勝ち取ったのだった。

第34回「将軍慶喜」(11.9%)

幕府の長州征伐は難航していた。

その頃、将軍:家茂が若くしてこの世を去り、慶喜が将軍の座に就いた。

その数日後、孝明天皇が崩御。

吉之助と一蔵は、今が朝廷と幕府を引き離す好機だと考え、岩倉の書状を持って薩摩・越前・土佐・宇和島の藩主のもとへ向かう。

4つの藩を味方につけ慶喜を食い止めようとするが、薩摩以外はすでに慶喜の息がかかっていて失敗に終わる。

ある日、幕府がフランスに薩摩を売るという噂を耳にする吉之助。

ついに吉之助は腹をくくり、徳川を討つと決意する。

その頃、龍馬は土佐藩主:山内容堂に戦をしないで幕府を取り戻そうと「大政奉還」を提案。

翌日、慶喜は大政奉還を表明するのだった。

吉之助は龍馬に、慶喜は大政奉還を利用しただけだと話し、慶喜を討つ息巻く。

第35回「戦の鬼」(11.7%)

慶応3年11月15日。龍馬が近江屋で斬殺される。

そんな中、岩倉が5年ぶりに洛中に戻った。

そこで吉之助は、御所の警備を追い払い、慶喜と親幕府派を御所に近づけないようにしたのち、岩倉に「王政復古の大号令」を発せさせる。

こうして幕府を廃絶し、新政府が誕生したのだ。

慶喜が大阪城へ居を移した頃、江戸では浪士らが暴れまわっていた。

慶喜は止めたが、庄内藩ら旧幕府軍が薩摩藩邸に攻撃を始める。

吉之助も兵を出し応戦。

戦の鬼となった兄の姿を見た弟の信吾は複雑だった。

第36回「慶喜の首」(11.0%)

「鳥羽・伏見の戦い」が始まった。

しかし、旧幕府軍の圧倒的な兵力に薩摩軍は押されていく。

その時、岩倉が帝の軍旗「錦の御旗」を掲げ、それを見てうろたえる旧幕府軍。

しかし、戦意を失った敵軍に、さらに追い打ちをかけるよう命令する吉之助。

これ以上の戦をするなと止めに入った信吾だが、銃弾が命中し重傷を負ってしまう。

新八は吉之助に信吾のもとへ行くよう言うが、吉之助は受け入れなかった。

数日後、危篤だった信吾が目を覚ます。

実は、吉之助が帝に頼み込み、京に異国の医師を招き手当をさせたのだ。それを聞いた信吾は涙を流す。

あの後、慶喜は大阪城から江戸城に逃げ込んでいた。

慶喜は勝に吉之助との交渉をゆだねる。

勝は書状を持たせ、吉之助のもとに慶喜の家来:山岡鉄太郎を送った。

書状の内容は、幕府はすべてを放棄するので戦をやめて江戸に来るようにという内容だった。

山岡の強い意志を聞き、心を動かされた吉之助は江戸へ向かう。

第37回「江戸無血開城」(9.9%)

江戸で吉之助は篤姫に会う。

篤姫は徳永家だけは救ってほしいと頼むが、吉之助はそれを拒否した。

江戸城総攻撃の前日、薩摩藩邸で勝は降伏の条件を出す。

勝は「民を苦しめてつくる国にどんな望みがある?」と言い、吉之助は総攻撃を中止する。

江戸に戻った吉之助は慶喜のいる寛永寺へ。

そこで、慶喜が戦わずに逃げた理由を聞き理解する。

慶喜は「日本を売ろうとした男だ」と吉之助に斬ってほしいと懇願するが、吉之助は「よくぞ日本をお守りくださいました」と慶喜を許した。

しかし、慶喜が水戸へ旅立った後、旧幕府派が寛永寺に集まっていた。

第38回「傷だらけの維新」(10.2%)

慶応4年5月。新政府軍は寛永寺の旧幕府軍を攻撃する。

この戦いは半日で終了するが、その後も東北や北陸で新政府軍への抵抗が勃発していた。

しばらくして、吉之助は薩摩に帰ると、吉之助の弟:吉二郎が戦に出たいと言い出す。

その時、長岡藩家老:河井継之助が、最新式の武器で新政府軍を追い込んでいるとの一報が届き、吉之助は対応に追われていた。

そんな中、信吾から吉二郎が撃たれたと聞く。

吉之助は柏崎で吉二郎を見舞うと、兄を待っていたかのように息を引き取った。

東北での戦乱も終わり元号が明治に変わったころ、吉之助は多くの人を死なせてしまった責任を負うと薩摩に帰る。

第39回「父、西郷隆盛」(12.3%)

明治37年。西郷菊次郎は京都市役所の新市長として現れた。

助役:川村鉚次郎から父:吉之助の話をせがまれ、少しずつ話し出す。

明治2年。「版籍奉還」を経て、薩摩は名を「鹿児島」と改名。

吉之助は「隆盛」と改名し、農民の手助けをしていた。

その頃、糸は大島に菊次郎を迎えに行く。

薩摩についた菊次郎は、薩摩武士になるための剣術や相撲、学問を学んだ。

そのころ、版籍奉還によって各藩の財政が悪化し、徳川幕府時代より生活が苦しくなった民が怒り、各地で暴動や一揆が頻発していたのだ。

そんな中、半次郎のいとこ:別府晋介や横山安武らが隆盛のところへやってきた。

民の苦しみを訴えるため一緒に東京に来てほしいというが、隆盛は断る。

しかし、東京で横山は切腹したことを知り隆盛は深く傷ついた。

ある日、渡欧していた信吾が帰国した。

信吾は「従道」と名を改めていた。

従道もまた隆盛が必要だと言い、隆盛は東京へ行くことを決意する。

第40回「波乱の新政府」(11.7%)

明治3年12月。岩倉と一蔵こと大久保利通が久光のもとへ勅書を持ってやってきた。

東京へ上り新政府に力を貸すようにという内容だった。

久光は体調不良を理由にこれを断る。

岩倉、大久保、従道、隆盛の4人は、「廃藩置県」について話し合っていた。

しかし、これを実行すると国内で反乱が起きかねないので、先に有力諸藩を味方につけようと考える。

4月。鹿児島、山口、高知から大軍勢が東京へ到着する。

しかし、土佐と肥前は障壁のため実行できずにいた。

そこで大久保は、長州と手を組み廃藩置県を断行しようとする。それを見た他藩の代表は激怒した。

そこへ遅れてきた隆盛は「廃藩置県は政府が一丸となってこそなせるもの。民と兵を裏切ってはいけない」と一同を説得するのだった。

そして、7月14日。皆の前で廃藩置県の勅書が読み上げられ藩は解体された。

第41回「新しき国へ」(11.8%)

廃藩置県がなされた後も、実質、政権は薩摩と長州が握っていた。

そのことに土佐や肥前は不満を募らせていた。

その頃、日本から欧米へ使節団を派遣することになり、岩倉、木戸、大久保、伊藤ら政府の中心人物の派遣が決まった。

だが、不満を持つ土佐と肥前出身者が、大久保らが留守の間に主導権を握ろうと考えていることを知る。

そこで隆盛は、天皇のもとへ新八を含めた教育係を連れていき、民の暮らしと声を直に聞いて欲しいと頼んだ。

これにより隆盛は大蔵省を預けられ、政府を取り仕切れる立場となる。

使節団が旅立った後、山城屋事件や不満を抱いたものたちによる反発で、新政府のまとまりは無くなっていた。

その頃、天皇は洋服を着て巡幸をしている姿を見た久光は、斉彬が見たらどう思うかとこぼす。それを聞いた隆盛は、自分の力のなさに涙し弱音を吐く。

すると、久光が隆盛の胸ぐらをつかみ一喝。隆盛はそんな久光の後ろ姿にひれ伏すのだった。

第42回「両雄激突」(11.3%)

明治6年。菊次郎らがアメリカ留学に出発する。

一方、大久保ら岩倉使節団からは手紙が届き、アメリカでまったく相手にされないと書かれていた。

その頃、政府は未だまとまりのない状態が続いていた。

ある日、長州出身の大蔵大輔:井上の汚職が発覚し、隆盛は唯一の長州出身者をバッサリと切ったのだ。

このことで、他のメンバーも一丸となって使節団を待たず政策を進め始める。

そんな中、大久保が日本へ帰還。

しかし、実権が土肥に移ってしまっている新政府に大久保の居場所はなかった。

岩倉らともう一度政府を立て直そうと言う大久保と、今の政府に大久保らが加わり、さらに強い政府を目指す隆盛は対立する。

そんな中、朝鮮との国交問題が浮上。

武力でねじ伏せようとする板垣に、隆盛は交渉による関係回復を提案する。

これを遅れて帰国した岩倉を含めた閣議で承認しようといていると、大久保が現れ異を唱えた。

第43回「さらば、東京」(11.6%)

閣議前夜。政府に居場所がなくなった長州勢と岩倉、大久保が料亭で話し合っていた。

大久保は、隆盛に勝ち政府を壊したいと言う。それを聞いた岩倉が「面白いことになってきた」と目を光らせた。

そして閣議。

大久保と隆盛の意見が対立していると、岩倉は観念し隆盛の朝鮮派遣を許可したのだ。あとは帝に奏上するのみとなったとき、太政大臣:三条が病気で倒れる。

代わりに岩倉が奏上を行うと朝鮮派遣は見送りという結果となり、隆盛は辞表を提出。

後を追い、土佐・肥前出身の主要メンバーも政府を去り、大久保は自身が望む新体制を作る事に成功したのだった。

東京を発つ日。隆盛は大久保のもとにいた。

大久保のたくらみによって政府を追い出されたが、大久保の事を嫌いになれないと話し、大久保を激励し去っていった。

第44回「士族たちの動乱」(12.4%)

明治6年。隆盛は畑仕事をしながら静かに暮らしていた。

そこへ隆盛を慕っていた陸軍少将らがやってくる。

隆盛の隠居後、600人もの薩摩出身者が鹿児島に戻ってきていたのだ。

その頃、政府から追いやられた西国の士族らが不満をかかえており、岩倉は土佐藩士らに襲撃され、大久保家には石が投げ込まれる被害が出ていた。

そんな中、江藤率いる佐賀軍が「佐賀の乱」を起こす。

ところが、江藤は政府軍に捕まり大久保によって斬首され、さらに見せしめのため首を長時間さらされたのだ。

この極刑を知った隆盛は、士族らが不満を貯め暴動を行さないよう薩摩の士族らのために学校を設立する。

第45回「西郷立つ」(11.5%)

この「私学校」には、隆盛を慕うものや政府に見切りをつけてやってきた者が集まり、生徒数は2000人を超えた。

大久保は私学校の生徒が暴動を起こすのを恐れ、密偵を送り込む。

明治9年3月。廃刀令と士族の禄の廃止が決まり、士族の特権は無くなった。

ついに熊本の士族は反旗を翻した。鹿児島の士族がいきり立つ中、隆盛が生徒を諭し落ち着かせる。

しかし、大久保の密偵が持っていた紙に、隆盛を刺殺するよう書かれていたのを見た隆盛は、生徒に出陣を許可する。

第46回「西南戦争」(11.4%)

隆盛とともに私学校の兵13000人が出陣した。

それを聞いた大久保は西郷討伐を命じ、隆盛の陸軍大将の地位をはく奪。

西南戦争が勃発する。

熊本城の北の幹線上にある田原坂での戦いでは、元薩摩士族の多くが所属する警視隊も含まれていた。

薩摩士族同志の戦いは十数日にも及び、たくさんの犠牲者が出た。

その中で菊次郎も右足を撃たれ、菊次郎をかばうために隆盛の弟:小兵衛が犠牲になる。

敗北の兆しが出てきたとき、隆盛は兵を解散する。

第47回「敬天愛人」(13.8%)

翌日、隆盛は400人ほどの兵とともに、鹿児島市街が見渡せる城山を占拠する。

政府軍は城山を攻撃することと、5時までに降伏すれば助命することを通達してきた。

しかし隆盛は、自分が死ねば戦のない国が始まると降伏しなかった。

明治10年9月24日。

政府軍の総攻撃により、隆盛は傷を負い自害する。こうして、西南戦争は幕を閉じた。

大久保は自宅で隆盛の名を叫び、人々は火星を西郷星と名付けて死を悼んだ。

翌年、大久保は隆盛の書状をもった者に暗殺される。

ドラマ『西郷どん』の登場人物

西郷隆盛/西郷小吉西郷吉之助 (鈴木亮平/少年期:渡邉蒼)

【西郷家】

西郷糸/岩山糸・海老原糸(黒木華/少女期:渡邉このみ) 西郷満佐(松坂慶子) 西郷吉兵衛(風間杜夫) 西郷吉二郎(渡部豪太/少年期:荒井雄斗) 西郷園(

柏木由紀) 西郷従道(錦戸亮/幼児期:斎藤汰鷹/幼少期:佐藤和太/少年期:田港璃空) 西郷清(上白石萌音) 市来琴/西郷琴(桜庭ななみ/少女期:栗本有規) 西郷きみ(水野久美) 西郷龍右衛門(大村崑)

西郷菊次郎(壮年期:西田敏行/青年期:今井悠貴/幼児期:内田凜太朗/内田廉太朗/幼少期:城桧吏) 熊吉(塚地武雅) 西郷小兵衛(上川周作/幼児期:小山蒼海/幼少期:斎藤絢永/少年期:大山蓮斗) 西郷鷹(原舞歌/幼少期:石井心咲/少女期:渡来るひか) 西郷安(萱野優/幼児期:大塚心結/少女期:佐藤心美)

西郷寅太郎(古舘緩樹/幼児期:太田翔己/幼少期:林田悠作) 西郷菊草(八木優希/幼少期:鎌田英怜奈) 西郷午次郎(土田諒) 西郷酉三(田中大翔) 西郷ミツ(茅森優那/幼児期:佐藤恋和/幼少期:宝辺花帆美/少女期:大平媛) 西郷勇袈裟(永澤絢埜/幼少期:築谷櫂)

薩摩藩

【大久保家】

大久保利通(瑛太/少年期:石川樹) 大久保満寿/早崎満寿(美村里江) 大久保次右衛門(平田満) 大久保福(藤真利子) 大久保キチ(佐藤奈織美/少女期:吉田空) 大久保スマ(日下玉巳) 大久保ミネ(髙野友那) 大久保彦熊(遠藤颯/幼児期:曵地奏飛) 大久保達熊(吉田奏佑) 大久保利武(田中レイ) 大久保よし子(福田彩実)

【精忠組】

大山綱良/大山格之助(北村有起哉/少年期:犬飼直紀) 海江田武次/有村俊斎(高橋光臣/少年期:池田優斗) 村田新八(堀井新太/少年期:加藤憲史郎) 有馬新七(増田修一朗/少年期:伊澤柾樹) 市来正之丞(池田倫太朗) 奈良原喜八郎(明石鉄平) 道島五郎兵衛(鈴木有史) 柴山愛次郎(中村尚輝) 田中謙助(堤匡孝) 有村次左衛門(山田大生) 奈良原喜左衛門(宮澤寿)

【薩摩藩島津家】

島津斉彬(渡辺謙) 島津久光(青木崇高) 島津斉興(鹿賀丈史) 由羅(小柳ルミ子) 喜久(戸田菜穂) 島津忠義/島津茂久(長田成哉/少年期:中島来星) 島津忠剛(すわ親治) 寛之助(寺師海渡) 於哲(杉岡詩織) 虎寿丸(藤本悠希) 哲丸(石田あん)

【薩摩藩重臣】

赤山靱負(沢村一樹) 調所広郷(竜雷太) 小松帯刀(町田啓太) 山田為久(徳井優) 桂久武/島津歳貞(井戸田潤) 中山尚之助(天野義久) 堀次郎(鬼塚俊秀) 関(森岡豊)

【その他】

須賀(橋本愛) 伊集院直五郎(北見敏之) 川路利良(泉澤祐希) 岩山直温(塩野谷正幸) 迫田友之進(浜田学) 横山安武(笠松将) 松木安右衛門(横田大明) 井之上(おかやまはじめ) 海老原重勝(蕨野友也) 岩山直一郎(ミョンジュ) 岩山トキ(植木夏十)

江戸幕府

【徳川家】

徳川慶喜/一橋慶喜(松田翔太) 徳川家定(又吉直樹) 徳川斉昭(伊武雅刀) 徳川慶勝(小宮孝泰) 徳川家茂/徳川慶福(勧修寺保都/少年期:荒木飛羽)

【幕閣】

阿部正弘(藤木直人) 井伊直弼(佐野史郎) 板倉勝静(堀内正美) 松平容保(柏原収史) 松平定敬(庄野崎謙) 堀田正睦(朝倉伸二) 松平忠固(野添義弘) 水野忠央(ホリベン) 松平伯耆守(まつだいら ほうきのかみ)/ 阿部豊後守(山田明郷) 阿部豊後守(佐藤尚宏)

【幕臣】

勝海舟/勝麟太郎勝安房(遠藤憲一) 山岡鉄舟/山岡鉄太郎(藤本隆宏) 平岡円四郎(山田純大)

【大奥】

天璋院/於一・篤姫・天璋院篤姫(北川景子/幼少期:中村美乃莉) 幾島(南野陽子) 本寿院(泉ピン子) 歌橋(猫背椿)

長州藩

木戸孝允(玉山鉄二) 伊藤博文(浜野謙太) 大村益次郎(林家正蔵) 来島又兵衛(長州力) 久坂玄瑞(二神光) 白石正一郎(花王おさむ) 吉川監物(猪野学) 三吉慎蔵(佐藤政之)

土佐藩

坂本龍馬(小栗旬) 龍(水川あさみ) 山内容堂(大鷹明良) ジョン万次郎

(劇団ひとり) 中岡慎太郎(山口翔悟) 後藤象二郎(瀬川亮) 吉村虎太郎(兼松若人) 汐(木内友三)

福井藩・彦根藩・その他

橋本左内(風間俊介) 松平春嶽/松平慶永(津田寛治) 中根雪江(ヨシダ朝) 長野主膳(神保悟志) 幻之丞(東武志) 伊達宗城(長谷川公彦) 平野國臣(大竹浩一) 小河一敏(出口高司) 林玖十郎(岡部たかし)

朝廷

孝明天皇(中村児太郎) 明治天皇(野村万之丞) 中川宮(なだぎ武) 有栖川宮(小須田康人) 岩倉具視(笑福亭鶴瓶) 近衛忠煕(国広富之) 中山忠能(緒方賢一) 近衛忠房(大窪人衛) 岩倉周丸(福山康平)

明治政府

江藤新平(迫田孝也) 山県有朋(村上新悟) 三条実美(野村万蔵) 大隈重信(尾上寛之) 井上馨(忍成修吾) 板垣退助(渋川清彦) 大木喬任(濱田嘉幸) 万里小路博房(川井つと) 柳原前光(三谷昌登) 鱸成信(小久保寿人) 木戸松子(白須慶子)

外国の人々

ハリス(ブレイク・クロフォード) ヒュースケン(セルゲイ・イワノフ) リチャードソン(ノーアム・カッツ) ロッシュ(ジル・ボーフィ) カシヨン(ロハン・エスピネ) パークス(セイン・カミュ) アーネスト・サトウ(スティーブ・ワイリー) パークス夫人(ハンナ・グレース) ウィリス(ネイサン・ベリー)

西南戦争関係

桐野利秋/中村半次郎(大野拓朗/少年期:中村瑠輝人) 中原尚雄(田上晃吉) 別府晋介(篠原悠伸) 篠原国幹(榊英雄) 辺見十郎太(持永雄恵) 市来宗介(前川優希)

町の人々

【薩摩】

板垣与三次(岡本富士太) イシ(佐々木すみ江) 平六(鈴木拓) タミ(俵野枝) 一平(生駒星汰) 真海(有福正志)

愛加那/とぅま(二階堂ふみ) 龍佐民(柄本明) 石千代金(木内みどり) 富堅(高橋努) ユタ(秋山菜津子) 田中雄之介(近藤芳正) 木場伝内(谷田歩) 里千代金(里アンナ)

川口雪篷(石橋蓮司) 土持政照(斎藤嘉樹) 土持鶴(大島蓉子) 黒葛原源助(下総源太朗) 琉仲為(一三)

【京都】

月照(尾上菊之助) 虎(近藤春菜) ゆう(内田有紀) 鍵屋直助(西沢仁太) 古高俊太郎(木下政治) 川村鉚次郎(川口覚) 内貴甚三郎(磯田道史)

【江戸】

ふき(高梨臨/少女期:柿原りんか) タマ(田中道子) カネ(西川可奈子) 八兵衛(久松龍一)

ドラマ『西郷どん』の主題歌

西郷どんテーマ曲 (歌:里アンナ 演奏:NHK交響楽団)

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西郷どん(ドラマ)の感想・まとめ

ドラマ『西郷どん』の感想
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ドラマ『西郷どん』のまとめ

西郷隆盛は、大久保利通、木戸孝允とともに倒幕と明治維新に尽力した三傑の一人。

最終回のタイトルにもなっている「敬天愛人」の意味

『道は天地自然の道なるゆえ、講学の道は敬天愛人を目的とし、身を修するに克己をもって終始せよ』

この文章は、旧庄内藩の人々がまとめた西郷の遺訓集「南洲遺訓」(なんしゅういくん)という書の中の、遺訓41条追加2条に記載されているものです。

この文章の意味は、「道は天地とともに自然に備わった道であって、学問の道は「敬天愛人」を目的とし、終始一貫して自分に打ち勝つよう努めよ」となります。

隆盛は、学問の最終目的を「敬天愛人」とし、勉学を学ぶことが目的ではなく、この世を尊び慈愛をもって人と接するための、人格を磨くためのものとしています。

現代の「学問」は、受験や就活のための手段とされることが多いですが、隆盛の「敬天愛人」を思い、自己の精神の向上のために勉強を取り入れてみてはいかがでしょうか。

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