いだてん 無料動画配信(大河ドラマ1話~最終回)フル視聴/再放送

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『いだてん~東京オリムピック噺~』は20191月~12月放送のNHKドラマ(朝ドラ)です。

 原作はなく宮藤官九郎のオリジナル脚本で、日本人初のオリンピック選手:金栗四三と、東京オリンピック招致に尽力した田畑政治、二人を主人公にしたNHK大河ドラマです。

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いだてん東京オリムピック噺(ドラマ)の作品情報やあらすじ・ネタバレ・キャスト・主題歌

『いだてん東京オリムピック噺』のあらすじ

◎第1週「夜明け前」(15.5%)

落語家:古今亭志ん生は浅草の寄席で、高座「富久」を熱演していた。

その頃、2週間後に開かれる国際オリンピック委員会(IOC)総会で、スピーチをする予定であった外交官:北原英雄が全治3か月の怪我をしてしまう。

代理として、嘉納治五郎の最期を看取った、NHK解説委員:平沢和重がIOC総会に出席し、流暢な英語のスピーチを披露する。

東京高等師範学校の校長:嘉納治五郎は、日本のオリンピックへの参加を進めていた。

そこで、横浜正金銀行副頭取:三島弥太郎のパーティーに出席し、オリンピックへの融資を依頼する。しかし、三島から融資を断られてしまう。

融資を断られた治五郎は、オリンピック参加を諦めフランス大使館へ。

すると、ストックホルムオリンピックのメインスタジアムの完成図とポスターには、日の丸が描かれていたのだ。

諦めきれない治五郎は、新しい団体の設立を決意する。

さっそく、治五郎はオリンピック選手の選抜予選会を開くことに。

予選会の費用が足りず、治五郎は自宅を抵当に入れなんとか資金を調達。

予選会当日はひどい雨で、脱落者が13人も出るほどだった。

そんな中、東京高師の生徒:金栗四三が世界新記録を出す。

◎第2週「坊っちゃん」(12.0%)

明治24820日、金栗四三は熊本県玉名郡春富村に生まれる。

四三は父:信彦に似て病弱な男の子だった。

信彦は、四三を熊本市の第五高等中学校に入れると言い出す。

それは、五高の教師:嘉納治五郎が、病弱な四三を抱っこしたら丈夫に育つのでは?という祖母の意見からだった。

実際は、治五郎には近づくこともできず、四三は抱っこしてもらうことができなかった。

ある日、四三は長男の嫁の出産を見て、呼吸法を発見、その呼吸法で走るようになる。

明治383月。信彦が病気で倒れた。

四三は急いでかかりつけ医を呼びに走ったが間に合わず、信彦は、四三が戻る前に息を引き取った。

中学生になった四三は、風邪をひかないために毎朝「冷水浴」をするように。

しかし、海軍兵学校の身体検査では落ちてしまった。

その頃、同級生:美川秀信から借りた本を見て、東京高師に「嘉納治五郎」がいることを知る。

◎第3週「冒険世界」(13.2%)

古今亭志ん生は家族や弟子に黙って、「小松」という男を弟子にし「五りん」と名付ける。

一方、18歳になった四三は東京高師に合格。明治43年の春、美川とともに上京する。

四三は、東京でも冷水浴と韋駄天走りを続けていた。

東京へ帰ってきた美川と四三は、映画館を見た帰りに小梅から声を掛けられる。

いったんは小梅と分かれた美川だが、小梅の事が気になる美川は四三にウソをつき小梅のもとに引き返していった。

一人になってしまった四三の前を、いきなりランナーたちが走り去った。

浅草で「全国学生大競走会」が行われていたのだ。

これが四三のマラソンとの出会いだった。

◎第4週「小便小僧」(11.6%)

東京高師の「秋の長距離走会」が開かれた。

スタート直前になりトイレへ行った四三は、最初から出遅れる。

しかし、出産の呼吸法と韋駄天走りで、ほかの生徒をごぼう抜き!

三着でゴールしたのだ。

それからも四三は走り続けた。

四三は、自分なりに勝つためのポイントを三つ、ノートに書きだす。

その一 排便ばする

その二 わらじは好かん

その三 スタミナ

ある日、四三は足袋や猿股を製造する「播磨屋」を訪れ、走るための足袋を購入。

そして、ストックホルムオリンピックの参加選手選抜会に挑戦すると決意。

四三が出場すると聞くと、同じ部活の橋本三郎、野口源三郎も出場を決める。

三人は予選会に向け、汗をたくさんかいて体を軽くする「脂抜き走法」を試すが、6日目には橋本と野口は水を飲んでしまった。

四三は必死に耐えたが、8日目に風呂場で気を失ってしまう。

このことから四三は「自然に従う」ことを学ぶのだった。

そして迎えたオリンピック予選会の日。三人は迷子になっていた。

◎第5週「雨ニモマケズ」(10.2%)

オリンピック予選会では短距離走が始まる。

審判員を務めた三島弥彦は、気持ちが高ぶり一緒に走り出し圧勝してしまう。

そして、四三たちの出番。

四三は19人中最下位のスタートだった。

ものすごい雨の中、気絶する者や担架で運ばれるものが続出。

その頃には、四三は3位へ浮上。

足袋は底が剥がれボロボロになりながら、四三は1位に!

治五郎はよろける四三を抱きかかえる。そう、ここでやっと子供のころの願いが叶ったのだ。

マラソン集計が出ると、なんと四三の記録は、ロンドンオリンピックの記録よりも22分も早かった。

治五郎が、時計か距離が間違っているのではと疑うほどの速さだ。

一方、美濃部孝蔵(古今亭志ん生)は「酒も賭博も止めてまっとうに生きる」と宣言。

孝蔵は、売れっ子の落語家:橘家円喬に弟子入りしたのだ。

◎第6週「お江戸日本橋」(9.9%)

四三は播磨屋で足袋の不満を漏らし、店主:黒坂辛作を怒らせてしまう。

次の日、播磨屋を訪れた四三は無礼を詫びだ。

予選会から1か月。

治五郎はオリンピック出場者を選ぶ会議を開き、四三と弥彦の2人に決まる。

ところが、四三は行きたくないと言い出し、弥彦までもがオリンピックに出ないという。

治五郎の説得で、四三はオリンピック出場を決意する。

しかし、出場費用は四三が負担することになったのだ。

そこで四三は、恐る恐る兄に手紙を出すのだった。

ある日、辛作からオリンピック本番の道と似た道を走って練習することを提案される。

四三は、毎日決めたコースを走り続けるのだった。

一方、孝蔵は円喬を車にのせて、浅草から上野、日本橋と寄席を回っていた。

◎第7週「おかしな二人」(9.5%)

治五郎は弥彦も説得する。

弥彦は闘争心に火がつき、酒とタバコをやめて練習に励むように。

ある日二人は、オリンピックへ行く前に、英会話と西洋の礼儀作法のレッスンを受けるよう治五郎から指示された。

弥彦は自分の家でレッスンを受けること提案する。

一方、四三の遠征費を用意する事になった、兄:実次は悩んでいた。

春野医師に相談すると、娘:スヤの嫁ぎ先の池部家が資産家なので相談してみては、とアドバイスを受ける。

その頃、四三は遠征費の負担を頼むため治五郎のもとへ。

しかし、治五郎の借金の話を立ち聞きしてしまい、切り出せなくなる。

遠征費を準備できない四三は、オリンピック予選会の優勝カップをもって町へ。

すると、実次が大きな風呂敷を持って立っていた。

◎第8週「敵は幾万」(9.3%)

実次はスヤとともに、スヤの嫁ぎ先の池部家へお金の工面に向かった。

そこで池部家は、金栗家の田畑を1800円で買い取り、その田畑を無償で金栗家に貸すことを提案。

このおかげで、実次は1800円を工面することができたのだった。

そこへ橋本と野口らがやってきて、1500円を差し出す。

橋本らは四三の後援会を作ってお金を工面していたのだ。

明治45516日。オリンピックへ出発する日。

新橋駅に四三と弥彦はいた。

見送りの人の中には、三島家の女中:増野シマや弥彦の母:三島和歌子、長男:三島弥太郎も見送りに来ていた。

四三と弥彦が車内で取材を受けていると、橋本らが電車内に。

しかし、治五郎がいないことに気づいた四三。

◎第9週「さらばシベリア鉄道」(9.7%)

治五郎が列車にいないことを体協役員:大森兵蔵に聞くと、手続きが終わってなく足止めされているという。

四三らはウラジオストクに到着するが、治五郎はまだ来なかった。

一方、弥彦は大森が咳をすることが気がかりだった。

実は大森は肺を患っており、この機会を逃すとオリンピックを見ることができないと思った治五郎が監督を任せたのだった。

治五郎もいなく監督も病気の状態

四三は、この状況でオリンピックで良い成績が残せるのか不安だった。

東京を出発して17日。ついにストックホルムに到着する。

◎第10週「真夏の夜の夢」(8.7%)

監督の大森の容態は思わしくなく、四三は、大森の妻:安仁子から練習メニューを受け取って一人で練習に励んでした。

ある日、他国の選手:ラザロが四三に声をかけてくる。

四三とラザロには共通点があった。

ラザロも貧しく職場まで電車に乗れなかったので走って通勤していたのだという。

四三はラザロに足袋をプレゼントした。

一方、練習に来ない弥彦を心配し、四三は弥彦のもとへ。

注目されているのは四三だけだと落ち込み自殺しようとする弥彦を四三が止め、弥彦を励ます。

この事件以降、四三と弥彦は一緒に練習するように。

ある日、夏至を迎えたストックホルム。

スウェーデン人は「夏至祭」を夜な夜な開催していた。

そのうるささに耐えかねた四三は、食堂に行き静かにするよう言う。

しかし、そこで日本の歌を歌ってほしいと言われ、四三は「君が代」を歌った。

すると、どこかから拍手が起こる。そこには治五郎がいた。

◎第11週「百年の孤独」(8.7%)

76日、開会式で四三はプラカードを、弥彦は国旗をもって行進した。

開会式のあと、さっそく弥彦の100m走の予選がはじまるが、残念ながら最下位だった。

ロッカールームで弥彦から「日本人は短距離は無理なようだ」と聞いた四三は、急遽10,000m走を棄権すると大森に申し出る。

そして、弥彦の400m走の日。

四三は大森の代わりに弥彦のコーチを頼まれ同行。

弥彦に真正面から走る姿を撮ってほしいと依頼された。

ほかの選手に追い抜かれながらも全力で走る弥彦に、四三は見入ってしまいシャッターを切り忘れる。

そして、四三のマラソン競技の日を迎えた。

◎第12週「太陽がいっぱい」(9.3%)

四三のマラソン競技当日。大森は医師の言葉を無視し四三に同行した。

ほかの選手は最初から短距離走なみのスピードで走り出し、四三は最下位になってしまった。

気温が30度を越えてくると、体力が奪われだし幻覚を見るように

一瞬ふらついた四三だが、息を整えて走り出し、下り坂になるとスピードをあげラザロを抜く

治五郎らは、最下位の選手のゴールを見届けたが四三がゴールしていなかった。

棄権者の中にも、病院に運ばれた選手の中にも四三の名前はない。

治五郎らは疲れ切ってホテルに戻ってくると、なんと四三は自分の部屋のベッドにいるではないか。

四三は、どうやってここまで来たのか分からないと言う。

◎第13週「復活」(8.5%)

ダニエルとコースを歩くと四三の記憶がよみがえってきた。

ラザロと競い合い分かれ道を左に進んだ四三は、迷子になっていたのだ。

ペトレ家にたどり着いた四三は、その場でしゃがみこんでしまう。

そこで、ぺトレ家の人々はレモネードとシナモンロールを渡すが、四三は拒否した。

その後、ダニエルらに見つけ出されホテルに戻ったのである。

翌朝、四三は日射病でラザロが亡くなったと新聞で知る。

治五郎は、死者が出たオリンピックの開催を心配したが、

「ラザロを忘れないためにもオリンピックを開催してほしい」というポルトガル代表の訴えにより、4年後のベルリンオリンピックは開催されることになった。

一方、孝蔵の初高座の日。

清さんは新しい着物と足袋を手渡し、孝蔵を送り出した。

しかし、高座にあがった孝蔵の姿はいつものヨレヨレの着物姿。

孝蔵は、新しい着物を質にいれ、その金で酒を飲んでいた。

酒を飲んでいたため噺の途中で息切れを起こしてしまい、孝蔵は倒れこんでしまう。

◎第14週「新世界」(9.6%)

大正元年。孝蔵は円喬にネタを見てもらっていた。

その時、円喬に旅に出るように言われ、三遊亭小円朝とその弟子:万朝と旅に出た。

出発の日、円喬はホームから高級タバコを投げつけ、「孝蔵を頼む」と小円朝に言った。

それと行き違いに四三が帰国。

オリンピック報告会で、東京女子高等師範学校の助教授:二階堂トクヨに厳しい質問を浴びせられる。

しかし、四三はもっとマラソンの技術を磨くと話し、さっそくトレーニングを始めるのだった。

一方、体協の会合で治五郎の席がなくなっている。

武田千代三郎が副会長に就任していたのだ。治五郎はショックで茫然とする。

その頃、四三は実家の熊本にいた。

実次に連れられ池部家へ行くと、実次から熊本で教員になれと言われる。

教員になるためには結婚する必要があると、四三は見合い相手を紹介されたのだが、その相手はスヤだった。

◎第15週「あゝ結婚」(8.7%)

スヤの夫:重行は病気で亡くなっていた。

そこで、実次が四三を養子に出す事を提案したのだった。

池部家の養子になれば、お金の心配なく走ることができる。

四三はスヤと結婚し、四三は東京へ戻っていった。

一方、孝蔵は浜松の「勝鬨亭」という寄席にいた。

そこでお茶子:田畑政治に「面白くない」と言われ怒りだす。

小円朝にも指摘され孝蔵は小円朝につかみかかってしまい、激怒した小円朝は孝蔵を追い出した。

冬になり、四三の東京高師の卒業の時期が近づく。

四三は教師にならずに、オリンピックまでマラソンに集中しようと思っていた。

しかし、卒業したら帰ってくると思い養子にした池部家は激怒。

実次は平謝りし、なんとかなだめる。

◎第16週「ベルリンの壁」(7.1%)

大正3年。四三はマラソンに集中するために寄宿舎を出て、播磨屋に下宿することに。

治五郎の好意で東京高師の研究科に籍を置き、四三は練習に集中する。

一方、孝蔵と万朝は新居浜の宿にいた。

孝蔵が一文無しだと気づくと、万朝はこっそりと宿を抜け出した。

残された孝蔵は、浜松の留置場に入れられてしまう。

留置場で新聞を見た孝蔵は、円喬が亡くなったことを知り驚く。

その後、宿代を小円朝に払ってもらい、釈放された孝蔵が頭をまるめて謝罪した。

その頃、サラエボ事件がきっかけで、第一次世界大戦が勃発。

そんな中、次のオリンピックが開催されないのではないか?と体協の理事たちの中で話が出始めていた。

ある日、家に帰るとスヤが待っていた。

四三は、手土産の団子を食べると「帰ってほしい」と言いスヤを帰らせてしまう。

それに怒った池部家がスヤを連れ、実次のもとへ怒鳴り込んでいた。

そんな時、ベルリンオリンピックの中止が決定する。

◎第17週「いつも2人で」(15.5%)

オリンピックの中止を知ると、四三は部屋に閉じこもってしまった。

外へ連れ出そうともみ合っているところに、四三は何者かにいきなり水をぶっかけられる。

スヤが上京してきたのだ。

大正5年。

四三は神奈川師範で教師になり教壇に立つかたわら、辛作と練習法や足袋の改良に励んでいた。

ある日、シマの仕事場のミルクホールで、治五郎と四三がレースについて話していると、

読売新聞の記者:大村幹と土岐善麿が話しかけてくる。

読売新聞でも遷都50周年の行事として運動会を考えていたのだ。

この後、ご意見番に会う予定だと知ると、治五郎は一緒に行くと言い出す。

ご意見番とは、天狗倶楽部の吉岡信敬だった。ここで「東海道五十三次駅伝」の開催が決まる。

大正6427日。日本初の駅伝、東海道五十三次駅伝が開幕。

関東軍の最終滑走は四三。日本初の駅伝は、関東軍の圧勝で幕を閉じた。

その頃、スヤの妊娠が発覚する。

◎第18週「愛の夢」(8.7%)

徳重というヤクザが孝蔵を追っているという情報が入った。

徳重に金で買われていた小梅が浮気をして逃げてしまい、徳重が追ってきたのだ。

小梅の浮気相手は美川だった。

小梅は四三に、美川をかくまって欲しいと頼みに来る。

一方、スヤは四三の多忙ぶりに、マラソンをするために自分と一緒になったのか?と不機嫌。

そこへ美川が四三の日記を渡す。日記には、スヤとおなかの子について書かれていた。

安心したスヤは熊本へ帰り、男の子:正明を無事に出産する。

ある日、四三の下宿に野口が訪れる。

四三は、次の新たなレースとしてマラソン対駅伝のレースを開催。

マラソン対駅伝のレースでは、底をゴム底に改良した足袋で走った。

そんな時、治五郎のもとにオリンピック再開の知らせが来た。

◎第19週「箱根駅伝」(8.7%)

四三と野口は「箱根駅伝」の開催を企画。予算にもめどが立った。

その頃、治五郎からオリンピック再開を聞いた四三は歓喜する。

ある日、体協で緊急理事会が開かれる。

オリンピック競技からマラソンが外されたと言うのだ。

214日。箱根駅伝のスタートの日。

初日の順位は、1位明治、2位東京高師、3位早稲田、4位慶應。

この頃、体協は理事会を開催していたが、我慢ができずゴール地点に駆け付ける。

箱根駅伝のゴールの瞬間を見て感動した体協:岸清一は、四三に「私がアントワープに行かせてやる」と宣言するのだった。

◎第20週「恋の片道切符」(8.6%)

治五郎はIOC会長:クーベルタンに直訴し、マラソンを正式種目に戻すことができた。

出場選手は、四三、茂木などの4人に決まる。

テニスは、アメリカ在住の選手2名が選ばれ、水泳は内田正練が選ばれた。

83日、選手らはアントワープに到着。

横浜正金銀行ロンドン支店に勤務している弥彦と、四三は久しぶりに再会し、ストックホルムオリンピックの話で盛り上がった。

ところで、アントワープオリンピックの結果は散々だった。

四三は16位。傷心の四三は、ヨーロッパを点々としていた。

その時、やり投げの槍が目の前に!

その槍は、ドイツの女性が投げたものだった。

四三は、女性でもこんなに投げられるのかと驚く。

◎第21週「櫻の園」(8.5%)

日本に戻った四三は、教師になったシマに女性でもオリンピックに出ることは夢じゃないと力説。

そして、下宿に戻った四三は、スヤに引退すると告げるのだった。

一方、浜松では「浜名湾遊泳協会」の田畑政治らが内田の報告を聞いていた。

内田の報告を聞き、日本の泳法は世界で通用しないと感じた政治は、ショックを受け浜名湖へ飛び込む。

そこへ、孝蔵が通りかかり、政治の上着から財布を盗み東京へ向かった。

孝蔵は浅草へ戻ると、小梅と清さんが結婚していた。

相変わらず小梅を諦めきれない美川は、たびたび店を訪れては泣きながら帰っていくのだった。

その頃、四三はシマのいる第二高女に赴任。

四三は生徒に陸上のトレーニングへの参加を呼び掛けるが、誰も来てくれない。

そこで、ユニフォーム姿になり香水をたくさんつけて、やり投げを披露する。

すると、3人の女生徒がやってきた。四三は3人にやり投げをしてもらうと、周りから拍手があがる。

◎第22週「ヴィーナスの誕生」(6.7%)

孝蔵は羽織ものを持っていなかった。

そこで、師匠:金原亭馬生が新しい羽織を渡す。

しかし孝蔵はまたしても質に入れて酒を飲んでしまった。

見かねた小梅と清さんが、孝蔵に高田馬場の下宿屋の娘「おりん」との縁談を持ち掛け、孝蔵はおりんと祝言をあげる。

しかし、祝言が終わると孝蔵は祝儀袋を持ち遊郭へ行ってしまう。

一方、四三は日本初のテニス大会を開催する。

岡山高等女学校の人見絹枝と対戦した村田富江と梶原だが、まったく歯が立たなかった。

ある日、女子陸上大会が開催され、富江は数々の種目で優勝する。

競技中、スパイクがきつく感じた富江が靴下を脱ぎ、素足にスパイクを履いて走った。

ところが、その様子を撮影したブロマイドが浅草で売り出されてしまったのだ。

それに怒った富江の父は、他の親を引き連れ校長室に乗り込み、四三の解雇を要求する。

しかし、富江ら生徒は四三の解雇を取り消すために教室に立てこもってしまった。

◎第23週「大地」(6.9%)

教室に立てこもった富江らに、富江の父は「女子は運動などせんでいい」と怒鳴る。

それを聞いたシマは、富江と競ってみてはどうかと提案。

富江が勝ったら四三の解雇は取り消すことを条件に、富江は父と競争する。

孝蔵は相変わらず酒浸りの日々。家賃の支払いが滞ってしまい夜逃げする始末。

ある日、高座までの間に外出しようと家を出た孝蔵。

その時、大きな地震が起きる。

その頃、神宮競技場を下見していた四三と治五郎は無事だった。

四三は、行方不明のシマを探しに浅草へ。そこで見た凌雲閣に愕然とする四三。

◎第24週「種まく人」(7.8%)

関東大震災に罹災した四三は、小梅の提案で熊本に戻る。

しかし、幾江に東京が大変な時に帰ってきたことを叱責され、東京に戻る決意。

東京へスヤも一緒に向かう。

ある日治五郎は、復興運動会を開くことに。

運動会を開催することで、行方不明の人が見つかるかもしれないと思ったのだ。

運動会には安仁子や絹枝がきていた。

絹枝はリレーに参加し、富江とデッドヒートを繰り広げる。

そんな中、観客の中にシマが。

◎第25週「時代は変る」(8.6%)

現役を引退していた四三は、パリオリンピックの予選会で伴走者務めた。

だが、伴走者でありながら1位でゴールしてしまったため、パリオリンピックに出場することになる。

一方、政治は、朝日新聞社の政治部に採用が決まり、記者になっていた。

政治は新聞記事が陸上推しであることに不満も持っていた。

そんな中、四三は酷暑のため意識を失い棄権してしまう。

オリンピックの結果をうけ、責任をもって辞任するという野口に対し、政治は治五郎の辞任を求める。

その後、政治は松澤一鶴とともに「大日本水泳競技連盟」を発足。

同じ頃、河野一郎は「大日本陸上競技連盟」を発足した。

両連盟にはIOCからアムステルダムオリンピックの招待状が届く。

陸上連盟は費用のめどが立たずにいたが、水泳連盟の政治は大蔵大臣に直談判し、6万円の予算を用意できた。

◎第26週「明日なき暴走」(7.9%)

絹枝は岡山から上京し、二階堂体操塾に入学。

二階堂トクヨの勧めで国際大会に出て総合優勝する。

この年、女子陸上がオリンピックの正式種目になった。

昭和3年。日本選手団はアムステルダムへ。

絹江は100mで落選するも、800mで世界新記録をたたき出し銀メダルを獲得する。

男子も三段跳びで織田幹雄が金メダルをとった。

一方、オリンピックの結果を知った政治は、4年後の世界制覇を目指すと決意する。

◎第27週「替り目」(7.6%)

政治は次のオリンピックに向けて、神宮プールを作る計画を立てる。

岸に資金を懇願し、神宮プールの建設がはじまった。

ある日、東京に実次がやってきた。

実次は四三に熊本に帰ってくるよう言い、熊本に帰っていった。

実次が熊本に帰ったあとしばらくすると、熊本から実次の危篤の知らせが届く。

急いで熊本に戻る四三だが、実次を看取ることはできなかった。

関東大震災から7年。東京でオリンピックをと言われている頃。

政治の神宮プールが完成し、日米対抗戦の開催が決まった。

その頃、四三は治五郎に熊本に帰ると告げに訪れていた。

そこへ政治がやってくる。

二人きりになった時、政治は四三にオリンピックでの思い出を聞く。

すると、四三は「紅茶とお菓子がおいしかった」と答えた。

◎第28週「走れ大地を」(7.8%)

日米対抗水泳大会で、日本はアメリカに圧勝する。

このことで治五郎と岸は、東京オリンピック実現へと気持ちがかたむいていく。

そんな時、満州事変が起こる。

これが長引くとオリンピックどころではなくなってしまう。

スクープを探していた政治は大蔵大臣の家を訪れる。

そこで、次期首相が犬養毅であると聞き出す。

犬養との面会を取り付け、オリンピック派遣選手応援歌発表式に出席して欲しいと頼み込んだ。

しかし、発表会当日。青年将校らが乱入し犬養は射殺されてしまう。

◎第29週「夢のカリフォルニア」(7.8%)

ロサンゼルスに到着した水泳選手団だが、アメリカの選手から嫌がらせを受ける。

政治らは、差別を気にせず堂々と立ち振る舞っていた。

一方、水泳選手の年長者:高石勝男を、周りは出場させたいと思っていた。

しかし、勝ちにこだわる政治は、選考会での結果で代表を決めるという。

その思いを理解した高石は選考会へ望むが、高石は大差をつけられ負けてしまうのだった。

しかし、高石は腐らず、水泳選手団のキャプテンとしての役割を果たす。

その頃、IOCから東京へのオリンピックの招致の支持を得られ、立候補のため治五郎もロサンゼルスへやってくる。

◎第30週「黄金狂時代」(5.9%)

730日、ロサンゼルスオリンピックが開幕。

水泳では100m自由形で宮崎康二が金メダルを獲得。

お祝いのため政治は、宮崎を日本料理店に連れてきた。

そこへ治五郎と岸が。治五郎はオリンピック誘致が難航していると話す。

その後も日本選手は絶好調で、水泳男子リレーで日本チームが世界新記録で優勝するのだった。

一方、孝蔵とおりんは万朝の寄席を見に来ていた。

孝蔵は万朝から金を借りると質屋にいれた羽織を出し、三語楼師匠に謝罪に行く。

そして、「柳屋甚語楼」という名で一から修業をはじめる。

◎第31週「トップ・オブ・ザ・ワールド」(7.2%)

女子チームの前畑秀子は、200m平泳ぎで銀メダルを獲得。

男子背泳ぎでは金・銀・銅メダルを独占し、1500mリレーでも金・銀メダルを獲得した。

結果、日本男子だけで合計12個のメダルを獲得!

ロサンゼルスオリンピックは大成功し幕を閉じた。

帰国した日本選手団は大歓迎を受ける。

しかし、全種目を制覇することができなかった政治は、新聞記事を見て悔し涙を流す。

そんな政治を、同僚の酒井菊枝が優しく励ました。

◎第32週「独裁者」(5.0%)

ロサンゼルスから帰国した前畑秀子は、東京市長:永田秀次郎に会いに行く。

しかし永田に、「なぜ金メダルが取れなかったのか」と問い詰められ、絶句する。

政治と岸は永田の態度に怒り、永田を怒鳴りつけた。

一方で、全国からは前畑に激励の手紙が届いていた。

ある日、東京市庁舎で実行委員会が開かれる。

杉村陽太郎・副島道正・山本忠興、そして政治と永田の後任:牛塚虎太郎が実行委員をすることに決定。

IOC委員は、治五郎・岸・杉村の三人で決まった。

ところが入院していた岸が他界。

治五郎は、岸に東京オリンピックの実現を約束するのだった。

一方、IOC総会ではローマでの開催を支持する人が多かった。

そこで治五郎は、イタリア首相:ムッソリーニにオリンピックを譲ってもらえるよう働きかけることを思いつく。

そこで治五郎は、政治に日本の魅力を伝えるための資料作りを指示。

ところが、突然治五郎が苦しみだす。

◎第33週「仁義なき戦い」(6.6%)

治五郎は腰痛が悪化し歩くことができなかった。

代わりに杉村・政治・副島でムッソリーニのもとへ向かうが、副島が体調不良で倒れてしまいムッソリーニは激怒してしまう。

副島は病気を押して杉村とともに謝罪に向かう。

ムッソリーニは病気をおしてまで謝罪に来た副島に感心し、オリンピックを譲ることを約束する。

ある日、IOCオスロ総会で、オリンピック開催候補地が発表された。

ところが、そこにローマが入っていることに驚いた杉村は、ムッソリーニから辞退の申し入れがあったことをアピール。しかし、IOC委員長:ラトゥールがこれを許さなかった。

治五郎はラトゥールを日本で接待することを提案し、ラトゥールの日本視察が決まった。

◎第34週「226(7.8%)

昭和11226日「二・二六事件」

陸軍青年将校らが高橋是清を銃撃。東京は3日間厳戒態勢がひかれていた。

そんな中、ラトゥールが日本に上陸。東京市庁舎にやってくる。

治五郎がラトゥールに日本を案内。

案内中、子供たちが花輪を作り、勝った子の頭にのせているのを見て、

ラトゥールは、日本では子供までオリンピックに興味を持っていると感心する。

9日間の日本滞在を終えたラトゥールは、日本はオリンピック開催にふさわしい国だとアピールした。

◎第35週「民族の祭典」(6.9%)

四三は、弟子の小松勝を連れて5年ぶりに東京へ。

ハリマヤ製作所で下宿生活を始める。

その頃、IOC総会が開催され東京が圧勝し、東京オリンピックの開催が決定。

81日には、ベルリンオリンピックが開幕するが、五輪の旗とともにナチスの旗が掲げられていた。

ベルリンオリンピックの結果は、走り幅跳びと三段跳びで田島直人が金・銅メダル。

棒高跳びでは西田修平が銀、大江季雄が銅メダルを獲得した。

メダルを期待されていた吉岡隆徳は、残念ながら予選敗退となってしまう。

マラソン競技では孫基禎が金メダルを獲得!スタジアムに「君が代」が流れたのだった。

日本では、ハリマヤで作った足袋を履いて金メダルを獲得したことに、辛作と四三は大いに喜んだ。

◎第36週「前畑がんばれ」(7.0%)

前畑は、プレッシャーに襲われてた。

ベルリンオリンピックには、前回ともに戦った松澤初穂がコーチとして同行している。

決勝の前夜、プレッシャーに押しつぶされそうな前畑のところに母がやってきて、落ち着きを取り戻す。

そして決勝戦。

前畑とゲネンゲルは接戦を繰り広げた。

盛り上がる会場。実況の川西も興奮し机の上に立って応援する。

結果は前畑の勝利!大歓声がこだました。

そして、ベルリンオリンピックは大成功で幕を閉じる。

日本では4年後の東京オリンピックに向けて準備が進められていた。

そんな時、日中戦争が勃発。

◎第37週「最後の晩餐」(5.7%)

昭和12年の7月。日中戦争が勃発したことで、衆議院議員:河野一郎がオリンピック反対論を起こす。

そんな中、聖火ランナーを任された四三は家族を東京へ呼び寄せていた。

8月になると戦争は激化。副島道正は近衛文麿首相にオリンピック返上すべきと助言。

それを知った治五郎は激怒し副島と激突した。

四三は、昔一緒に箱根駅伝を立ち上げた河野のもとへ。

しかし、河野は新聞社を退社しており、代わりに政治が対応した。

二人はオリンピックの開催を望んでいるが、戦争の当事者が平和の祭典を行うことに疑問を持っていた。

政治も治五郎にオリンピック返上を提案するが、治五郎の意思は固い。

カイロで開催されたIOC総会では、日本への避難が激しかったが、治五郎の訴えにより東京オリンピックは開催されることになった。

総会を終えたのち、治五郎は体調を崩す。

そんな中出席したお茶会で東京オリンピックへの夢を語った後、肺炎で亡くなる。

治五郎の棺が横浜港に到着すると、皆で最期の別れを惜しんだ。

◎第38週「長いお別れ」(6.2%)

治五郎が亡くなった後、日本政府はオリンピック中止を決定する。

そして、昭和1491日。第二次世界大戦がはじまった。

その頃、シマの娘:増野りくと勝が結婚し、翌年には息子:金治が生まれる。

同じ頃、孝蔵は「古今亭志ん生」を襲名。

昭和1612月。太平洋戦争が勃発すると、学生だった勝は徴兵に行くことに。

金治を四三に託し勝は壮行会へ。

壮行会の開催された場所は、治五郎はオリンピックのために建設した明治神宮外苑競技場だった。

出陣式の様子を見ていた政治は、「必ずここでオリンピックを開催する」と決意する。

◎第39週「懐かしの満州」(3.7%)

孝蔵と三遊亭圓生は軍隊の慰問のため満州へ向かう。

その高座を勝が見ていた。

その後、孝蔵と三遊亭圓生は奉天に行くと、そこで森繫久彌と出会い日本軍が全滅したと聞く。

その数日後、日本に原子力爆弾が投下されたのだった。

ある日、ソビエト軍が攻めてくるという情報が流れ、孝蔵と三遊亭圓生は大連に逃げようとしていた。

その時、軍隊から逃げてきた勝と再会。三人は一緒に大連へ向かう。

しかし、勝は、家族に宛てた手紙を出しに行った時にソ連軍に銃撃されてしまう。

昭和22年。

孝蔵は引き上げ船に乗ることができ、日本の家族のもとに戻ることができたが脳卒中で倒れてしまう。

そこで、「五りん」こと金治に、勝の話を聞かせた。

金治は勝の最期の手紙に「志ん生の「富久」は絶品」と書かれていたため、志ん生を慕い芸名を「五りん」とし弟子入りする。

◎第40週「バック・トゥ・ザ・フューチャー」(7.0%)

ミュンヘンのIOC総会でのスピーチを、政治は平沢和重に依頼することに。

終戦後で焼け野原の日本ではまだ時期尚早という平沢を、政治はなんとか説得しようとする。

政治は体協を再建し、水泳連盟の理事長に就任した。

昭和23年。12年ぶりにロンドンでオリンピックが開催される。

しかし、日本はまだ占領下にあったため出場できない。

政治はマッカーサーに直談判し、日本は国際水泳連盟へ復帰。

全米水泳選手権に出場し、古橋廣之進は世界新記録をたたき出す。

昭和26年には日本は独立し、ヘルシンキオリンピックに出場することができた。

政治は吉田茂首相にオリンピック開催を懇願するが、吉田は首を縦に振らなかった。

業を煮やした政治は、自らが政治家になることを決意するも落選。

その後も政治が諦めず尽力したおかげで、IOC総会の東京開催が決定しアジア競技大会の誘致にも成功する。

アジア競技大会の会場である神宮球技場は、8万人収容できる国立競技場に立て直すことに。

そんな政治のオリンピックへの想いを聞いた平沢は、ついにIOC総会でのスピーチを引き受けてくれることになり、東京オリンピックの招致に成功するのだった。

◎第41週「おれについてこい!」(6.6%)

東京オリンピック組織委員会は、顧問を大物政治家:川島正次郎、会長に元大蔵大臣:津島寿一で決まる。

政治は、事務総長兼、選手強化対策本部の本部長を担った。

ある日、女子バレーの練習を見学すると、監督:大松博文が厳しい練習を行っていた。

政治は厳しさに驚き、監督に粛々と練習する柔道を見せるが大松は受け入れない。

むしろ、柔道の技から回転レシーブという技を思いつく。

そんな中、オリンピックの準備は進み、シンボルマークを亀倉雄策、記録映画の監督には黒澤明に決まる。

東京オリンピックの正式種目には、柔道と男子バレーが加わった。

一方、組織委員会の中で政治と川島は対立していた。

◎第42週「東京流れ者」(6.3%)

選手村を代々木にと考えていた政治。

そこに平沢が、代々木ワシントンハイツをアメリカから返還してもらう案を出す。

ところが、莫大な立退料を要求され困る政治。

そこで、ワシントンハイツの跡地に放送局を建設することで立退料をカバーできると提案し、代々木を選手村にすることができた。

そんな中、川島がオリンピック担当大臣になる。

川島は政治に「津島とではやりづらくないか。河野や池田首相もそういっている」と告げ口する。

その時、テレビに五りんの姿が映った。

「てれび寄席」という番組で高座に上がり、オリンピックの噺をしていたのだ。

◎第43週「ヘルプ!(6.1%)

テレビでの五りんの姿を見て、政治は五りんをオリンピックの宣伝部長にする。

そして、ローマの金メダリスト:アベベ選手を日本に招き金栗足袋をプレゼント。

聖火リレーでは、聖火をたずさえて各国を回る計画を立てていた。

そんなある日、河野が政治に「津島を辞めさせようとしているのか」と言ってきた。

政治は、川島から聞いたこととまったく違う話に驚く。

しばらくして、政治はIOC総会出席しモスクワから帰国すると、河野から「津島を辞めさせようとしているのは政治」だと川島が言っており、政治への反感が強まっていると聞く。

そんな時、インドネシアのジャカルタで開催されるアジア競技大会で問題が発生。

インドネシア政府が、台湾とイスラエルに招待状と入国ビザを発行していなかったのだ。

このことで、国際陸上競技連盟はジャカルタの協議会を公式大会と認めないとし、参加選手は処罰すると通達。

ここで日本が出場してしまうと、IOC連盟から除名されオリンピックが開催できなくなる。

しかし、参加しなければしないで、アジア各国の反日感情が再燃する可能性も。

◎第44週「ぼくたちの失敗」(6.1%)

政治らは大会出場について緊急会を行い、政治は出場する判断を下した。

日本選手団は、とても良い成績をおさめていたが、メディアは日本の成績よりも参加したことを非難する内容の記事を掲載していた。

政治はなんとかしようと、大会の名称変更を思いつく。

そこで、大会組織委員会に名称変更を依頼するが、それが仇となり、デモ隊がインド大使館に火をつける騒動に発展。

大会後、政治は、日本選手を出場された者の責任を追及され、国会に召喚されるほどの大事になる。

その後、国際陸上競技連盟から、参加国に責任はないとの文書が届くが、政治と津島は解任させられてしまうのだった。

政治は、バーでやけ酒を飲んでいたが、暴れてしまい追い出され家に帰る。

すると、玄関前に岩田と松澤、森西が心配してやってきていた。

◎第45週「火の鳥」(6.1%)

あれから政治のもとには仲間が集まり、さながら「裏組織委員会」と化していた。

そこでは連日、オリンピック開催のための話し合いが行われている。

その頃、日紡貝塚女子バレーボール部が世界選手権で1位を獲得し、「東洋の魔女」と恐れられるようになる。

その頃、大松監督は年内での引退を決めていた。

政治は、東京オリンピックまで続けるよう説得するが断わられる。

政治は諦めず、菊枝と子を連れ再び大松のもとへ。

菊枝は大松の妻と話し、選手たちも大松のもとへ集まってくる。

そうして大松は引退を辞める決心をする。

大晦日、志ん生は紅白歌合戦の三波春夫の後ろに、急にいなくなった五りんを見つける。

◎第46週「炎のランナー」(6.9%)

オリンピックまで半年となった頃、聖火ランナーが早稲田大学の坂井義則に決まった。

しかし、坂井は広島に原爆が落とされた日に生まれていて、そのことで、組織委員会は悩んでいたのだ。

また、沖縄からくる聖火だが、アメリカの占領下におかれている沖縄に、日の丸を掲げる許可をまだ得ていなかった。

そんな組織委員会を見かねた政治は、アメリカに気を遣うのは間違っていると言い坂井を推した。それに記者らも賛同し、聖火台の前で撮った坂井の写真を掲載。

こうして、坂井が正式に成果ランナーに選ばれたのだ。

一方、国旗については平沢の案で事後報告することに。

そして、821日。アテネから聖火が沖縄に到着し、全国4地点から東京を目指し出発した。

その頃、選手村も完成し、ぞくぞくと選手が到着する。

◎第47週「時間よ止まれ」(8.3%)

東京オリンピックは快晴の中、幕を上げた。

五りんは聖火リレーのランナーの随走者として参加することに。

大役を果たし、急いで「てれび寄席」に出ている志ん生のもとへ走る。

その時、五りんの妻:知恵のお産が始まったと連絡があった。

一方、オリンピックでは、女子バレーが金メダルを獲得。

マラソンで円谷幸吉が銅メダルを獲得するなど、日本はたくさんのメダルを獲得し閉会式を迎えた。

岩田は観客席から見守る政治に、治五郎のストップウォッチを手渡す。

政治は、ストップウォッチをにぎりしめて涙した。

昭和42年。

四三に、ストックホルムオリンピック55周年式典への招待状が届いた。

四三はスヤとともにストックホルムへ向かう。

そこで四三は、もう一度トラックを走り、あの時できなかったゴールを果たすのだった。

『いだてん東京オリムピック噺』の登場人物

金栗四三 (中村勘九郎/幼少期:久野倫太郎・船元大馳朗)

田畑政治 (阿部サダヲ/少年期:山時聡真/青年期:原勇弥)

【金栗家】

金栗実次(中村獅童/幼少期:中澤準) 金栗信彦(田口トモロヲ) 金栗シエ(宮崎美子) 金栗スマ(大方斐紗子) 金栗キヨメ(川面千晶) 又作(白石拳大) 松雄(深田真弘/幼少期:伍藤奏) 末子(山口朋華/幼少期:りり花) 金栗初太郎(吉田翔)

【田畑家】

酒井菊枝田畑菊枝(麻生久美子) 田畑あつ子(吉川愛) 田畑うら(根岸季衣) 田畑庄吉(内村遥)

【池部家・三島家・増野家・小松家】

池部スヤ春野スヤ(綾瀬はるか/幼少期:原島凛々) 春野先生(佐戸井けん太) 池部重行(髙橋洋) 池部幾江(大竹しのぶ) 池部正明(久野倫太郎) 三島弥彦(生田斗真) 三島弥太郎(小澤征悦) 三島和歌子(白石加代子) 増野シマ(杉咲花) 増野(柄本佑) 五りん/小松金治(神木隆之介) 阿部知恵(川栄李奈) 小松勝(仲野念太賀) 増野りく小松りく(杉咲花)

【市井の人々】

美川秀信(勝地涼) 五条教諭(姜尚中) 小梅(橋本愛) 清さん(峯田和伸) 美濃部盛行(土佐和成) 美濃部てう(山本裕子) 徳重(榊英雄) マリー(薬師丸ひろ子) 清水亀次郎(遠山俊也) 大野(久保酎吉) 水明亭店主(カンニング竹山) ちいちゃん(片山萌美) 内田正練(葵揚) 小野田(大内田悠平) 堀井(福田航也)

【天狗倶楽部・播磨屋】

吉岡信敬(満島真之介) 中沢臨川(近藤公園) 押川春浪(武井壮) 黒坂辛作(三宅弘城/ピエール瀧) 黒坂勝蔵(斎藤嘉樹/少年期:阿久津慶人/波多腰由太) 黒坂ちょう(佐藤真弓) 黒坂満佐子(池田恋)

【東京高師・東京府立第二高等女学校・東京市政関係者】

福田源蔵(嶺豪一) 平田(前原滉) 徳三宝(阿見201) 橋本三郎(高橋周平) 秋葉祐之(柴田鷹雄) 茂木善作(久保勝史) 大浦留市(高橋龍駒) 山下馬之助(三永武明) 渋谷寿光(宮森右京) 斎藤兼吉(菅原健) 村田富江(黒島結菜) 梶原(北香那) 溝口(松浦りょう) 白石(百瀬さつき) 村田大作(板尾創路) 永田秀次郎(イッセー尾形) 清水照男(小村裕次郎) 牛塚虎太郎(きたろう)

【体協役員】

嘉納治五郎(役所広司) 岸清一(岩松了) 大森兵蔵(竹野内豊) 可児徳(古舘寛治) 永井道明(杉本哲太) 野口源三郎(永山絢斗) 大森安仁子(シャーロット・ケイト・フォックス) 二階堂トクヨ(寺島しのぶ) 武田千代三郎(永島敏行) 辰野保(安楽将士) 平沼亮三(大谷亮介)

IOCと関係者】

副島道正(塚本晋也) 杉村陽太郎(加藤雅也)

クーベルタン(ニコラ・ルンブレラス) ラトゥール(ヤッペ・クラース) ボナコッサ(フランチェスコ・ビショーネ) 王正廷(ホァンシー) ガーランド(ラズ・B) ブランデージ(マイケル・ソウッチ/委員時:ドン・ジョンソン)

【東京五輪関係者】

岩田幸彰(松坂桃李) 東龍太郎(松重豊) 津島寿一(井上順) 大島鎌吉(平原テツ) 吹浦忠正(須藤蓮) 森西栄一(角田晃広) 大河原やす子(川島海荷) 与謝野秀(中丸新将) 平沢和重(星野源) 北原秀雄(岩井秀人) 東照子(筒井真理子) 東博彦(荒井敦史) 丹下健三(松田龍平) 黒澤明(増子直純) 亀倉雄策(前野健太) 村上信夫(黒田大輔) 三波春夫(浜野謙太) 松下治英(駿河太郎) 市川崑(三谷幸喜) 西村克重(石田法嗣) 淡野徹(関口アナン) 藤縄忠(井上拓哉)

【競技】

・陸上競技関係

孫基禎(がんばれゆうすけ) 南昇竜(布江剛士) 沢田英一(矢崎広) 三浦弥平(福山康平) 西岡実一(工藤トシキ) 下村広次(鈴田修也) 寺内(萩原拓也) 八島健三(國友久志) 人見絹枝(菅原小春) 織田幹雄(松川尚瑠輝) 南部忠平(池田倫太朗) 山本忠興(田中美央) 円谷幸吉(菅原健) 坂井義則(井之脇海) 宮城勇(田島光)

・水泳競技関係

松澤一鶴(皆川猿時) 野田一雄(三浦貴大) 高石勝男(斎藤工) 鶴田義行(大東駿介) 前畑秀子(上白石萌歌) 大横田勉(林遣都) 宮崎康二(西山潤) 小池礼三(前田旺志郎) 入江稔夫(大藪雄汰) 松澤初穂(木竜麻生) 小島一枝(佐々木ありさ) 前畑光枝(中島唱子) 前畑福太郎(康すおん) 古橋廣之進(北島康介)

・バレーボール競技関係

大松博文(徳井義実) 河西昌枝(安藤サクラ) 谷田絹子(堺小春) 宮本恵美子(泉川実穂) 半田百合子(松永渚) 松村好子(田中シェン) 磯辺サタ(北向珠夕) エミ(渡辺悠子) 河西栄一(野添義弘) 河西まさ代(滝本ゆに) 大松美智代(中込佐知子)

・協議関係(外国人)

ラザロ(エドワード・ブレダ) ザーリング(マックス・ベッカム) ゲネンゲル(マルテ・オームントゥ) ヨンベ(アリオン) ウランダ(マックス)

【ジャーナリスト】

緒方竹虎(リリー・フランキー) 村山龍平(山路和弘) 尾高(じろう) 細田(政修二郎) 河西三省(トータス松本) 松内則三(ノゾエ征爾) 山本照(和田正人) 森繁久彌(渡辺大知) 北出アナウンサー(政岡泰志) 本庄(山本美月) 土岐善麿(山中聡) 大村幹(竹森千人) 寺田(本間剛)

【政治・教育・軍事関係者】

小笠原文部大臣(春海四方) 内田公使(井上肇) 伊藤博文(浜野謙太) 河野一郎(桐谷健太/学生時代:大下ヒロト) 高橋是清(萩原健一) 三浦梧楼(小林勝也) 犬養毅(塩見三省) 木戸幸一(松永英晃) 川島正次郎(浅野忠信) 福永議員(大河内浩) 池田勇人(立川談春) 大隈重信(平泉成) 加納久宜(辻萬長) 田島錦治(ベンガル) 乃木希典(中村シユン) 三上卓(小久保寿人) 中橋中尉(渋谷謙人) 梅津美治郎(千葉哲也)

【落語家と関係者】

古今亭志ん生(ビートたけし/青年期:森山未來/幼少期:荒井雄斗) 清水りんおりんりん(池波志乃/青年期:夏帆) 美津子(小泉今日子) 今松(荒川良々) 美濃部清(森山未來/少年期:若林時英) 美濃部強次(森山未來) 喜美子(坂井真紀) 橘家円喬(松尾スズキ) 三遊亭圓生(中村七之助) 万朝(柄本時生) 三遊亭小円朝(八十田勇一) 席亭(中村育二) 金原亭馬生(六代目)(古今亭菊之丞) 柳家三語楼(廣川三憲)

【外国要人】

ムッソリーニ(ディノ・スピネラ) ヒトラー(ダニエル・シュースター) マッカーサー(ダニー・ウィン) スカルノ(ルドフィ・バクティヤル)

『いだてん東京オリムピック噺』の主題歌

「いだてんメインテーマ」 作曲:大友良英

大友良英は、ノイズミュージック・フリージャズ・パンクロックなど様々な音楽の奏者であり、映画音楽などの作曲やプロディーサーとして活躍している。

2013年、NHKの連続テレビ小説『あまちゃん』の音楽を担当し、日本レコード大賞作曲賞を受賞した。

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『いだてん東京オリムピック噺』の感想
女性30代
女性30代
『いだてん~東京オリンピック噺~』はこれまでの大河ドラマの常識を覆すような、歴史に残る作品だったと思います。第一話から観ていてまず驚いたのはキャストの豪華さです。
さすが宮藤官九郎作品としか言いようがない豪華な顔ぶれ。主役級の俳優さん達が次から次へと登場し、目が離せませんでした。この作品はストーリーが過去・現在を何度も行き来するため、少し複雑な場面展開となっていました。
通常の大河ドラマ視聴者である高齢者層がその展開についていけなかったことが原因で視聴率が低いという結果になってしまいましたが、個人的にはとても素晴らしい作品であったと思います。ドラマは前半では初の日本人オリンピック選手となったマラソン選手の金栗四三(中村勘九郎)の競技人生を、そして後半では日本のオリンピック招致の夢を果たした田畑政治の人生を描くというものでした。
オリンピック選手だけではなく、オリンピックの運営面にもきちんと焦点をあてていたところが良かったです。これで東京オリンピック2020が無事に行われれば言うことなしだったので残念で仕方がありません。
感想はここから見れます
女性50代
女性50代
前半の見どころは、走ることしか頭にない不器用な主人公を演じる中村勘九郎と、可憐なヒロイン綾瀬はるかのロマンス。一度は他の男性と結婚してしまうヒロインですが、紆余曲折の後に結ばれるのです。
そして生活の上では余りに頼りない夫と子ども達を抱えて生きていくうちに、強く逞しい、男顔負けの女丈夫になっていくのも面白いところです。
作品全体としては、どうしても気持ちが入り込めなかったのが残念でした。あの時代にオリンピックを日本でやろうなんて、よほどのど阿呆か強い情熱を持った人間でなければ出来なかったのだという事を伝えたかったのかもしれませんが、登場人物の皆が皆、余りにも熱すぎて普通の人がいないのです。
演技が過剰に感じるほどでもあり、登場人物の中に、見ている人の代表になれる人がいないと、作品に入り込めないものなんだということがよく分かる作品でもありました。それでも、後に年とった勘九郎が、やっと日本で開催出来たオリンピックで聖火ランナーになれなくて無念の思いを抱えながらも、敗戦の年に生まれた青年が走る姿を見ながら「これで良かったんだ」と呟いた時は、流石に泣けました。
男性40代
男性40代
まだ独自の運動教練が強く残っていた日本に突如として湧いたオリンピック参加の要請。ここからスポーツ面での近代化も図られる事となります。明治、大正、昭和の時代をまさに駆け巡った金栗四三を中心に日本の体育の進歩が見られたのもこのドラマの見所です。
特に印象の残っているのは日本の最初のオリンピック参加となった1912年のストックホルム大会。選手を派遣する事がいかに難しいのかを思い知らされました。渡航費の工面から始まりシベリア横断鉄道での調整。監督が重病の中何をして良いのか分からず全くの手探り状態でした。派遣された選手は金栗と三島の2名ですので完全な孤独ではないですが、厳しい旅路である事には変わりありません。
現地に着くまでの苦労が今とは比べ物にならないのが良く伝わってきました。ストックホルム編は力を入れた内容でしたので結果は残せませんでしたが見所が多いストーリーとなりました。ここで目の当たりにした近代スポーツを日本に持ち帰った事でその後の様々な競技の発展がありました。
また女性アスリートの草分けである人見絹江や前畑秀子にもスポットを当て戦前の女性のスポーツのありようもうまく描いてたと感じます。オリンピックだけでなく関東大震災に時間を掛けるなど大河ドラマとしては画期的な描き方でした。様々な登場人物が時代と共に現れてくるので覚えにくい点は確かにあります。ですが当時の人達の情熱を感じ取れるすばらしい作品として印象に残りました。
女性30代
女性30代
いくつもの時代を行ったり来たりする複雑な展開でありながら、全くストーリーがブレずに、むしろ各時代の登場人物の人生が少しずつ重なっていく様が「さすがクドカン脚本!」と毎回感動していました。各時代と主人公たちを繋いでいく、シマ~五りんというオリジナルキャラクターの存在が活きていて見事でした。
金栗四三も田畑政治も強烈でパワフルなキャラクターだったのに、どちらも夢を自分自身では実現できなかったのをかえってドラマチックに感じました。震災や戦争、激動の時代の様相を逃げずに誠実に描いていたと思います。
全編通して特に印象的だったのが、女子選手たちの活躍です。シマ、人見絹枝、前畑秀子、河西昌江の姿にはそれぞれ泣かされました。女子選手だからこその葛藤を、それぞれ一話ずつ使って丁寧に描いていた印象です。
オープニングタイトルバックや導入の仕方が細かく変わっていたのも遊び心が感じられて、いつも楽しく見ていました。重くて辛いテーマもたくさんあったのに、清々しく前向きな気持ちになれるドラマだったと思います。
男性40代
男性40代
ドラマの内容ですが、二部構成になっていて、前半は金栗四三さんがオリンピックに出るまでを詳しく描いていて四三役の中村勘九郎の演技が見事でした。日本人初のオリンピック選手として海外のオリンピックにまで参加するまでを細かく丁寧に描いていました。
ドラマの後半部分は阿部サダヲさん演じる田畑政治さんの東京オリンピック招致を描く物語が中心です。しかし、途中途中でドラマの構成が昔に戻ったりで幼少期の役とかいろいろ出てきたりでわからなくなる時がありました。
後半の招致編では当時の映像も多く使われていて興味深く見ることが出来ました。セットや、キャストも昔の建物や服装まで細かく忠実で登場人物も本人になるべく近い人をキャスティングしていたのも良かったです。
本当であればオリンピックイヤーの前年のNHKドラマだったので一年間通して前回の東京オリンピック招致から開催までの話を振り返りながら2020年の東京オリンピックを楽しみにしていので少し残念ですが東京でオリンピックが再び開催されることを楽しみにしてます。
女性50代
女性50代
前半は、「いだてん」こと金栗四三(中村勘九郎)をマラソンランナーとして見出し、オリンピックを東京に招致しようと提案する嘉納治五郎(役所広司)が中心となってドラマが展開される。
『すーすーはーはー』という呼吸法で一途に走り続ける金栗を演じるにあたって、体を鍛え上げて演じきった勘九郎は、豊かな表情で喜怒哀楽を表現してくれていた。決して天狗になったり傲慢な態度をとることなく、謙虚に日本のために活躍した人物だったと見て取れた。
後半は、日本にオリンピックを招致した田畑政治(阿部サダヲ)がクドカンドラマらしく、明るくテンポよく演じていたと思う。水泳競技でストップウォッチを押すたびにくるっと回転するシーンが何度も登場し、田畑の熱意が十分伝わってきた。
招致委員会や政治家を説得するシーン、バーのママ(薬師丸ひろ子)との軽妙なやり取り、熱弁を振るう田畑をクールなまなざしで見つめる妻・菊枝(麻生久美子)などが印象に残っている。また、森山未来の落語シーンも必見。難しい役どころを見事に演じ分けていて、三人目の主役といっても過言ではないほど素晴らしい役者だと思った。
女性30代
女性30代
大河ドラマらしくない大河ドラマ、現代劇に近い形でした。オリンピックに出場した男、オリンピックを東京に誘致した男、うまく主演を切り替えて進めています。途中出演キャスト交代もありましたが乗り越えて撮影され、最後まで走り抜いた!と走りを主軸としたドラマ。
感無量でした。スポーツとは関係ない落語も絡めて宮藤官九郎さんならではの独特なテンポと展開で楽しく観ることはできました。途中これは史実なのかそうでないのか怪しいところもありましたがちゃんと史実通りだったようで、コミカルなところとシリアスなところがはっきりと分かれている。華やかなオリンピックの裏での血の滲むような人々の苦慮と努力と悔しさ、涙と汗が伝わってきます。
キャストも宮藤官九郎さんの作品ならではのキャストが中心ですがそれ以外の人たちもうまく波に乗って新しい一面も見ることができました。この前の西郷どんに出てきた伊藤博文を演じていた浜野謙太さんが一瞬歴史の一部として出てきたのも憎い演出だと思います。東京オリンピックは延期になりましたがまた開催される前に再放送を見てみたいです。
女性50代
女性50代
この大河ドラマが他のそれとは違うところは2部構成になっていて、主人公が変わるところだと思います。
最初は主人公が金栗四三で、日本人が初めてとオリンピックに出場した時から、戦前の幻の東京オリンピックまでが描かれています。
後半は田畑正治が主人公で、昭和39年の東京オリンピックについての物語です。
どちらの物語も紆余曲折在り、一筋縄では行きませんでしたが、それでも最後まであきらめない気持ちが実現へと向かったのだと思いました。
今年の東京オリンピックの開催は1年延期となりましたが、その分、今までのオリンピックの歴史をゆっくりと振り返ることが出来なのではないかと考えています。
昭和時代の東京オリンピックを知る世代は懐かしく思い出すことができるかもしれません。
また、それを知らない世代はどんな大会だったのかを、ドラマを通じて知ることができ、来年に向けての参考になることでしょう。
金栗三四と田畑正治はドラマの中で、会話をする場面があり、二人の主人公が同時に出演するのは興味深いものがありました。
女性30代
女性30代
最初見始めたときは時代が行ったり来たりするな内容に入りにくさも感じていました。ですが回を追うにつれて過去の回で触れられていた伏線の回収などがさすが宮藤官九郎作品。と感じるほど素晴らしかったです。
さらに映像も新しい挑戦として関東大震災をプロジェクションマッピングを使い語りだけで表現していたりかなり革新的な大河ドラマだったと思います。
特に印象に残っているのは菅原小春演じる人見絹江です。日本女性として初めて出場したアムステルダムオリンピック100メートルでプレッシャーによって惜敗した後、ロッカールームで経験のない800メートルへの出場を涙ながらに訴えるシーンではこれまでの絹江の境遇が頭によぎり、そしてあまりの迫力にこちらも号泣してしまいました。
そして、学徒出陣で使用しなければならなかった国立競技場が二十年の時を経て東京オリンピックの開会式でたくさんの観客と選手たちで埋まったところは本当に感動しました。
『いだてん東京オリムピック噺』のまとめ

2020年東京オリンピックを控えた2019年にオリンピックを題材に制作され、NHKの大河ドラマとして放送された本作。

残念ながら新型コロナウイルスによって、2020年東京オリンピックは延期になってしまいましたが、奇しくも初めての東京オリンピックも戦争によって中止を余儀なくされました。

オリンピックが開催されなかった原因は違いますが、2度も開催が延期されている「東京オリンピック」。歴史は繰り返すのでしょうか?

この作品を見て、オリンピックはたくさんの人のアイデアや努力によって開催されているんだなと、「オリンピックへの気持ちに変化があった」という感想が多くあります。

初代東京オリンピックを知らない世代が多い今、せっかく(といっては失礼ですが)延期になったこの機会に、「いだてん」を見て来年の東京オリンピックを楽しみに待ってみてはいかがでしょうか?

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